鎌倉
    大仏に小春日もあり八百年 

  ネパール二句
    神々の白き座昏れて年つまる


    荷崩れの流卵掬ふ民に北風(きた)


    臨月の吾娘柔和なり冬茜


    胎内の子に語りゐる冬日向


    
 平成九年(1997)


 初孫誕生
    初茜生命出づるを立ちて待つ


    泣き初めの赤児呼ばはむ名は未だ


 60歳
    定年は終りの初め福寿草


    ひとり食ふ岩稜の麺靤(パン)富士斑雪(はだら)


    山家めく小驛過ぎれば小米雪


    苗くれし人在さねど大椿


    意に沿はぬ入学ならむ岐れ道


    嬰児眠る刹那の笑みや雛の宵


    桜蘂降りて食卓妻とふたり


    傘たたむ名残りひとひら花の宿


    咲き継ぎて終の一輪遊蝶花


    母親となりし娘の夏支度


    父の日や黄ばむ紙片の幼な文字 


    京を出て早やふた昔鱧の皮


    原生の激しき形新樹燃ゆ


    揺るるとも山百合孤高陽を返す


      蘇州三句
    城外へ立つ虹の下寒山寺

   橋くぐる暮らしの舟に梅雨深し

   絹の旅千年を経しうす衣

    
六月三十日上海。深夜零時香港返還。 
   海岸通り
(バンド)の群集(むれ)渡御待つ如し領土(くに)還る   


    より遠く潜る鵜の意思綱の先


    かがり火に映えて鵜の吐く鮎蒼し

   事もなく便り途絶えて今朝の秋

    
大腸ポリープ、ドックで見出さる。長径三センチあり、順天堂へ紹介状を書いた
      医師は「(ガン細胞の)浸潤度合いが問題」と。最後の山に選んだ聖岳に登り、
      下山翌日入院。
    秋嶺を下れば現実(うつつ)憂ひ待つ 

   内視鏡身の内めぐるそぞろ寒

   ガン告知あらむとひとり虫の夜

   紅葉照る一年後てふ再検査

   冷まじき闇に錠鳴る善光寺

   土瓶蒸し六文銭の旗の宿

   求め合ふ氷上のペア恋ふるごと

   白山の名のまま遠嶺雪景色

   冬三ツ星若さの燠をかきたてぬ

   
 ハワイにて四句
   ポインセチア三世が指す祖父の家

   溶岩
(らば)の嶺裾引く海やイルカ跳ぶ 

   冬天狼火を吹く島の和式墓地

   オアフの灯丘から聖樹へ連なりぬ

 

次へ進む     俳句目次へ     TOPへ戻る