平成十八年(2006)


銭洗弁天
新玉の幸願ふ民銭洗ふ


(ゆずりは)は飾れど世情視野歪む


鎌倉
(だいだい)や敗者のやぐら毀(こぼ)たれず


春を待つ露座大仏の肌蒼し


物見ある朽ちし洋館冬の薔薇


冬日向刀匠の裔(すえ)小商ひ


仏ルズーシュ・狩猟小屋レストラン
冬灯洩る族(うから)住み継ぎ五百年


針峰に杯挙ぐ午餐スキー行


伸ばす手に縋(すが)りて「メルシ」と白き息


榾火熾かん「ワイン宣し」とソムリエに


バスを待つ五分の幸や蕗の薹


呼び合ひつ木に登る子ら風光る


長子伴侶聖路加入院
人は病む廃船けふも麗けし


医に委ぬ明日を控へて草を引く


淡々と伝ふ診断雷響く


慰めに言葉は要らずところてん


正伝寺庭園
遅桜塀低うして比叡座す


落椿白砂にひとつ禅の寺


母の日やその優しさは勁(つよ)さゆゑ


走り梅雨応募童話を書き始む


模さむかなシチリア銘菓実梅煮る


来し方を書いてみむとて芙美子の忌


世直しや梅雨居座りて水猛る


山溢る登山道てふ水の径


水晶岳踏破の陽灼け日々褪せて


尺蠖(しゃくとり)やグライダー舞ふ霧ケ峰


這い出づる蚯蚓乾きを未だ知らず


汗光る絶唱の頬トスカなり


京溽暑今宵きりりと白ワイン


「山月記」再読
虎なれば月に吼えたし吾もまた


日は西に男出刃研ぐ鼻曲鮭(はなまがり)


日帰り湯冬瓜ごろり主を待つ


目と目合ふ(ひとみ)問ひたげ野生鹿


作り手の名ある新米越後晴


打たるるを待つ秋の蚊の疲れかな


描けぬまま銀山温泉月明かり


S夫妻
金婚や幹朽ちて松色変へず


地の恵み五感そばだて落葉掻き


雪催ひ蒼き魚の背薄光り


母こころ千枚漬に添へて着く


てっちり会辞退し妻と「幸四郎」


厨無人「鍋に汁粉」と残るメモ


房総へ山の納会鯨汁


長子夫妻らとオペラシティへ
とまれけふ欠くる顔なし年忘れ


黄襷の老女ら巡邏年の関


蕎麦食ひつベートーベンと年送る


次へ進む     俳句目次へ      TOPに戻る