平成十五年(2003)


手書き嗤ふ賀状の潮なほ満ちく


寒潮の紺描きたし蒼き魚


妻の旅三日経にけり寝酒酌む


留守居して岩波新書と日向ぼこ


壷ひとつ眺めて過ぎぬ寒の昼


魯山人魂の凍結陶の肌


上り待つ長き停車や雪しまき


朝まだき雪に印せしいのちあり


志賀・熊の湯で三シーズン、修学旅行女子高生のスキーコーチ務む
師と呼ばる余生遊(すさ)びのスキーかな


吹雪く日々画用紙けふも白きまま


粉雪や明くれば樅の枝撓む


雪と風異形デザイン一夜にて


朝の頂樹氷縫ひ行く軌跡あり


蕗のたう君に摘まれて今朝の幸


ものの芽の気配や背戸の土濡れて


縁側のまどろみお水取り過ぎて


子の帽子白線汚れ卒業す


尻蒼き児や皮残す今年竹


イラク侵攻ニ句
行く手みな塞がれし民虻唸る


千の夜話滅す春宵バグダッド


ブッシュ大統領
下命して「神に祈れ」と囀れる


春は萌黄森には雨が良く似合ふ


ペダル漕ぐ銀杏の新芽銀杏形


古き農まねぶ子らゐて草萌ゆる


服装(なり)変はる四月初めの待ち合はせ


夕薔薇軽きに過ぎし言葉悔ゆ


退きし身に狎れたる電話春暑し


走り梅雨靴下滲みて遅参詫ぶ


母の日や末子まだゐぬ古写真


日はめぐる倒木に生る土用の芽


滴りやザックに画帳・双眼鏡


祝元雄さん萬緑賞
雲の峰ザイルのトップ絶巓へ


疎開児の記憶ひもじき草の笛


源氏虫一千年の名で売らる


ひらひらと小吉の籤氷旗


人事異動名詞持たぬ身枝払ふ


広島平和祈念資料館
折り掛けの鶴残せし子原爆忌


地のほてり「遺産」となりし爆心地


旅の果て逆光の嶺越せば秋


コマクサの吹かれて遠き槍ヶ岳


蒼無窮台風去りし嶺に立つ


縁側の忘れ扇や浄妙寺


転がりし青柿ひとつ迷ひ道


日曜日和装は萩のこぼれ咲き


ポケットから映画半券鰯雲


頂上へなほこころ急く短き日


恐山
血の池も映す華やぎ山粧ふ


芋を焼く小国民でありし日よ


安値札不揃ひ五個の富有柿


秋真昼大蛇民話の池清まず


色葉散る人間ドック予約済み


神農祭握り飯あるイタリア機


冬の鵙ピエタを集む美術館


人繁き古城牢あり冬の凪


棲むいのち凍てしシベリア暮れなずむ


雨冷えや戻らぬままに灯をともす


雪しまき標(しるべ)薄れし岐れ道


検診無事スキー校より委嘱状


顔に陽を浴びつつ冬の坂上る


藁屋根に榾焚く匂ひちちははよ


余生とや素にかえる日々煤払ひ


古障子手間厭はざる日々ありぬ


離れ猿刷れば自画像賀状書く


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