平成十二年(2000)


七草粥
(なずな)はやし聴かぬも久し母逝きて


遊技場盛り羽子板壁飾る


寒の雲伽藍の重み増す如く


鎌倉光則寺
覇者潰ひえ土牢残る初吟行


問はるるも他人の空似旅の春


陽の路地へ暖簾探して寒の昼


キンシ正宗堀野旧宅
蔵瓦雨水が染めし二百年


霜柱踏みし感触わが自負も


才能に勝てぬ一心寒の坂


深き冬ただ老ゆるかと妻の問ひ


冬陽射し朝のリズムで影が来る


甲羅干す亀羨みて残り鴨


遠ざかるタンカー霞み音も無し


年下のひと逝きし夜も猫の恋


白き家錆色目立つ日の永さ


佐野藤右衛門氏
生業(なりはひ)が生き方となり櫻守


舞ひ初めし花びら汝も選ばれて


薄日さす濡れし残花は悔の色


散る形われも桜の流儀にて


名利去りすこやかな日々花の塵


大塚歳勝土遺跡三句
高倉も時のまぼろし日雀(ひがら)鳴く


古代とて人のいとなみ蟻の穴


穴居跡いにしへ覗く夏帽子


森はいま主役替り目新芽立つ


緑中に紅の動きて雉現はる


豌豆むく就職厳し吾娘も来て


梅雨の入り書き得ぬままの悔やみ状


為替にて送れと彼奴が雨季さなか


耳無しの噺の宵や枇杷を剥く


みなとみらい
「みらい」てふ街白々と灼けてをり


白南風や浜遠くなり観覧車


氵の失せし巷や水中花


海の日や食の灯点す廃船渠(ドック)


保存帆船日本丸
囚はれて海の貴婦人夏痩せす


汽車道を煉瓦庫指して日傘かな


君が来て床几を据ゑて流れ星


皿の皹(ひび)河童忌近き不眠かな


絶え間なき飛瀑轟然報はれず


欧州旅行
驟雨過ぐシャモニの広場赤ザイル


夢の緒や山都に求む登山靴


夏の湖マッターホルンの逆さ画布


時超えてシベリア飛行昼の月


葡萄描く一粒ごとに陽の宿り


会へぬまま改札口は秋夕焼け


関門
海底(うなぞこ)は平家の都後の月


吾は鬱と口閉ざす義母昼の虫


記事で知る遠き友の訃赤蜻蛉


転生の匠の筆や山粧(けは)


閉じ込めし記憶泡立つ夜の薄


秋潮に赤錆晒しタンカー病む


まどろみを艇切り裂きぬ小春凪


冬波に鳥居の朱影定まらず


マンドリン部演奏会
卒演を終へし娘銀杏散りやまず


次ぐ個展暦の果てに古希競ふ


肩掛けの紅き「麗子」や競売に


ビュッフェ生る風の一夜に冬木立


湯豆腐やけふの話題はなんと愛


当歳の肖像描きて春支度


吾にまだありし負けむ気賀状書く


「第九」歌ふ日了へて妻の事始め


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