励まされたことを思い出す

2018年08月31日

励まされたことを思い出す

今さらながら、私はあまり世間に適合できない人間のように感じる。その感じは物心ついたころから続いている。そういう私でも、社会に出て、世間と付き合っていかないといけない。
大学4年生になったとき、同じ学部の学生は大学院への進学は当然と考えていたが、私は進学など全く考えていなかった。所属分野の勉強、ひいては研究が嫌いで、興味も持てない私に大学院に行く資格などないと思う一方、生き馬の目を抜く野郎がたくさんいる社会に飛び込むことになる就職など、できるものだろうか。誰にも相談できないわたしは悶々としていた。結果として私は就職を選んだが、その経緯はあまり褒められたものではなかった。自分が興味がある分野を事業としている第1志望の会社に内定をもらった。ただし、自分が行なうであろう仕事は、その分野そのものではなく、そこから派生した分野だった。それでも仕方なかろうと思っていた私の内心を察したのか、事務主任から「おまえは俺が勧める会社を受けろ」と命令され、言われるがままそちらに鞍替えした。第1志望の会社にはどうやって内定の断りをしたのか、電話だったか書面だったかすら覚えていない。気落ちしているところに、波乱を巻き起こした事務主任が私に声をかけた。「大丈夫だ。お前は大学院に残っても社会に出てもやっていけるから」。当時としては何とも思わず、むしろ気休めにしかならないことばだと思っていた。実際はというと、就職してから今まで、うまくやっていけたとは思っていないし、結果もその通りとなっている。しかし今になると、たとえ事務主任の気休めから出たことばだとしても、人生で何度となくくじけてきた私にとって、このことばはなにがしかの支えになってきた。不思議なことであり、また信じたくないことなのだが、事実そうなのだ。