愛玩動物について

作成日:2001-06-30
最終更新日:

1. ペット、このばかばかしいもの

わたしはそんなに愛玩動物は好きではなかった。しかし、それほどの敵意は見せていなかった。 ところが最近、ペットに振り回される生活が始まってからは、ペットなど百害あって一利なしとまで 固く信じるようになった。これから私が書くことに対して、ペットがなくては生きていけない、 という方は激怒するかもしれない。しかし、そんなに過激なことは書いていないつもりである。 なお、以下のことは集合住宅におけるペット、ということを主な論点にしている。

2. マンションになじまないペット

私達家族が住んでいるマンションは、ペット飼育が禁じられている。しかし、 ペットを無断で飼っている世帯が複数ある。そのため、次のような問題が起きている。

  1. ペットの糞尿の階段上への放置。犬によるものと思われる糞尿が階段に放置されていた。 マンションには階段が3個所あるが、この階段だけが閉鎖式であるためだろうか、 あまりにも堂々と置かれていた。閉鎖空間と相まって、その臭さは常軌を逸していた。
  2. ペットの糞尿の砂利への放置。地面の砂利を敷き詰めた空間に、 こちらも糞のようなものが点在していた。
  3. ペット散策による恐怖感。ペットを廊下で頻繁に歩かせている人がいる。 ある住人にみつかってからは、この人は歩かせる時間帯を早くしているようだ。
  4. 鳴き声、吠え声による騒音。私達のマンションは外に吹き抜けがあり、 ここから空気の流れが生じるので1階から5階まで音が筒抜けになる。おまけに、 2つの棟がV字型をなしているため、ただでさえ響く高い音が更に反響している。
  5. 抜け毛掃除によるペット毛の付着。
  6. マンション住人の不満。住人にはA.「ペットが嫌いな派」、B.「ペットを我慢して飼わない派」 C.「ペットを隠れて飼っている派」があり、Aはもちろん、B.もC.に対する嫌悪感をもっている。 ちなみに、C.にもいろいろあり、中には「皆飼ってますよ」という居直り派がいる。このことばを 聞いて、「切れて」しまったB.に属する方もいた。

その他にも、ペットの糞尿・抜け毛対策施設がないことによる衛生施設の劣化(パイプづまり) なども懸念される。

それになんと言っても問題なのは、これらの対策に翻弄される管理組合理事だろう。 この理事の中でも、 まじめに対策をたてて議論に参加している理事と、 全く興味を示さない理事もいる。 それどころか理事の仕事を放棄した理事さえもいて、人間不振が渦巻いている。 しかし、それについて語るのはここの真意ではない。

3. 動物愛護とペット

降って湧いたペット問題を前にして、私達はいろいろと考え、いろいろな資料を捜した。 その結果、けっこう世の中にはマンションでペットを飼いたがっている人が多い、 という事実を発見した。

その中で「ペット飼育禁止だったが飼育できるようにした例」が紹介されていた。 その経緯としてこのように書かれていた。

「自分は教師であり、動物を愛護する精神を生徒に伝えなければならない。しかし、 今自分が住んでいるマンションはペットが飼えない。これでは動物を愛護するな、 ということではないか。その矛盾に悩んでいた。」

この論理はおかしい。マンションでペットを飼ってはいけないことは、動物を愛護することとは 何も関係ない。マンションは戸立ての団地に比べて、共同性が比較にならないぐらい高いこと、 そのため、ちょっとした問題が大きな問題に発展してしまう可能性が充分あること、 これらの理由で、事前にマンションにおけるペット飼育を禁止にしているだけのことである。

また、ペット飼育不可のマンションでペットを飼い続けていたため、組合と飼い主との間で 裁判までいった例もある。ペット飼育者の言い分は次の通りである。 「私がペットを飼うことによって 他の世帯には何ら被害を与えていない。周りの関係とも良好である。 さらに、その周りの方々も自分のペットを飼いたいといっている。なぜ皆が希望することが かなえられないのか。動物愛護の精神に反する」 なぜ、ペットをマンションで飼いたがる方は、 錦の御旗のように動物愛護を持ち出すのだろう。マンションでペットを飼うことは、 飼い主も、ペット自身もかなりの制約を受けるのである。 なぜなら、ペットの同じ行為でも、 その迷惑を与える度合いが戸立ての団地に比べて著しく高く、 先の章で述べた問題が発生するのだ。 そのような制約を承知の上で飼うことは、飼育者にかなりの緊張を強いる。これでは、 ペットを飼うことが、本来の意図とは反してストレスを増加させる、逆効果になるのではないか。

4. 皆の希望?

ペット可を希望する論拠として多いのは、「皆が希望しているから」というものである。 これも根拠としては薄弱なものである。 マンションにおけるペット飼育を希望している世帯は、ある調査によると6割いるらしい。 しかし、6割の世帯が積極的に飼育を希望しているのだろうか。そうではないはずだ。 もしそうであるなら、多少割高になってもペット飼育可のマンションが増えてしかるべきだ。 しかし、最近の広告を見てもペット可を謳っているマンションは多くない。私の経験− 折り込み広告の斜読み−に照らしても、1割はない。

では、残りの4割はどうか。それはわからない。しかし、その4割のうちに 「ペットには興味がない」派のほかに、 「ペットはアレルギーを起こす」「ペットは嫌いで姿も顔も見たくない、声を聞くのはもってのほか」 というペット不可者がいるのは確かだ。 このペット不可者は、マンションの規則が守られるということを頼って ペットなしのマンションに入ってきたのだ。それが、多数決というだけで快適な環境が 不適な環境に一挙にひっくり返される。しかも、この暴挙は 多数決の論理がある限り、どのマンションに入っても考えられうる。 すなわち、ペット不可者が未来に渡って安心して生活できるマンションは、一戸もない。 一方、ペット可のマンションは、捜せば(倍率こそ高いかもしれないが)必ずある。 つまり、ペット不可者が置かれている立場は、ペット希望者が置かれている立場に比べて 圧倒的に不利である。

これから先も、書きたいことがある。ペット飼育者のマナーのことである。 しかし、それはまた後でいいだろう。

5. 猫も驚く

犬とは違って、猫は鳴き声も出さず、 家に居着くのが好きだからペットとしてマンションで飼うのはいいだろう、 そう思っている人がいるかもしれない。そんなことはない。

こんな話を聞いた。あるマンションで猫を飼っている人の話である。 その猫は太っていて歩くのでさえ大儀なほどである。ところが、 あるとき、その猫は留守中の家で興奮して走り回ってしまった。 家人が玄関を開けた途端、猫はドアから抜け出してしまった。さんざ捜しまわった挙げ句、 直下の部屋に逃げ込んでいたことがわかった。 その逃げ込んでいた部屋の主の夫婦からはとんでもなく怒られたそうだ。 ちなみに、そのマンションはペット飼育不可である。

なぜ、その猫が急にドアから逃げ出したか。理由は、パソコンのディスプレイが故障して、 周期的にカンカンという妙な音を立てていたため、 猫が本能的にある種の発作を起こしたのではないか、ということだった。

このように、うちの猫は大丈夫、外に出ない、という保証は全くないことがおわかり頂けただろう。 ペット飼育不可のマンションでペットを飼っていながら、「私は他人に迷惑を掛けていない」 と公言できる人は、他人の迷惑がわからない人である。

付記:ある方から、下記のホームページがあるとのお知らせを頂いた。
NPO 脱ペット宣言 ペットは不要!( http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Lucky/3613/ ) 私の立場はこれに近い。

上記ページは geocities のため消えてしまった。どこかに残っていないだろうか。 とりあえず、web.archive.org の中に残っている情報を掲示する。(2019-07-21)
http://web.archive.org/web/20181105042053/http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Lucky/3613/
また、下記でも保存されている。
http://geolog.mydns.jp/www.geocities.co.jp/AnimalPark-Lucky/3613/
ここのリンクのなかの<「ペット禁止→OK」マンション>を見てほしい。 私が住んでいるマンション(コンクリート長屋)も同じ経路をたどることになりかかったが、 かろうじて一代限りの規則を守らせることができ、ペット不可になった。ここの<予防策>に書かれていることが大事である。 それでも、看板を掲げておいても、大きな犬をを抱えて!(ケージにいれるということすらしない)入ってくる人がいる。 目の前にペットがいれば、見ても見えないふりをするものである。うるさくいうしかない(この項 2019/07/21)。

6. 後藤明生の小説

後藤明生という作家がいた。氏は松原団地に住んでいたことがある。この団地ではペットの飼育は禁じられていたが、 氏は団地で猫を飼い始めた。その経緯はは分からないが、氏はそのときのことをもとに、 「めぐり逢い」という長編に残している。まだ読んでいないが、読みたいような、読みたくないような、不思議な気持ちである(2019-07-21)。

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MARUYAMA Satosi