よそ者による広島弁調査

作成日:2011-05-13
最終更新日:

広島のひとのことば

日本での共通ことばは、東京のことばを基調とする。 これに対抗しているのは関西のことばで、一般に関西弁と呼ばれる (大阪弁と関西弁は違うという話を聞いたことがあるが、よくわからない)。 それから後は県ごとに、藩ごとに多様なことばがある。 ここでは、広島弁とよばれる広島ことばを取り上げてみよう。 なお、広島県民から見たよそ者である私は、横浜生まれの相模原育ちという神奈川県民である。 その後、千葉県民や東京都民を経て、今は埼玉県民である。

たいぎい

わたしのつれあいは広島県民であった。当然ひいきの球団はカープである。 さて、つれあいは何かにつけ「たいぎい」を連発する。 カラスがカーと鳴かない日はあっても、つれあいが「たいぎい」と言わない日はない。 この「たいぎい」は、広島弁を象徴することばだと勝手に思っている。

もっとも、私が最初に「たいぎい」を聞いたのは広島県民からではなく、 岡山県民からであった。私が大学生のときで、サークル部屋でぼんやりしていたときである。 岡山出身の白皙の美少年が、 授業から帰ってきて叫んだ「ああっ、たいぎいなあ」。 端正な顔立ちから聞こえた「たいぎい」に一瞬驚いたが、 たいぎい→大儀という連想が働いたので「疲れた、めんどうだ、だるい」 などの複合した意味であることは十分理解できた。 とはいえ、「大儀」という単語からだけではまるで江戸時代に帰ったかのようである。 1982 年のことであった。

その後、広島出身のつれあいから「たいぎい」を毎日聞くようになった。 この独特の言い回しは、人をとりこにする魔力を持っている。 ちなみに、日本語の「疲れた」同様、叙述用法としてのみ使い、限定用法で使われる例はない。

イントネーション

広島弁は他の方言と同じく、独特の語彙が愛される。 これら語彙は後に触れるが、イントネーションも独特である。 仮に広島出身の人が広島弁独特の語彙を隠して話をすると仮定しよう。 こうしたときにイントネーションで区別することができるだろうか。 わたしはまだまだわからないが、広島の人はわかるようだ。

これは既に別のページで書いたのだが、あるときテレビで、 日本商工会議所の会頭だった山口信夫氏が話していたときのことである。 つれあいが「今の人、ひょっとして広島の人?」と私に聞いてきた。 実際、氏は広島県甲奴郡総領町出身である(現在は庄原市)。 いわれると確かにイントネーションに広島の味がする。

現在、同様なことを感じるのは、首相である菅直人氏である。 菅氏は岡山県出身であり、はしばしに中国地方独特のイントネーションを感じる。


「たけしの家庭の医学」という番組でプリン体の特集をしていたときのことである。 東京の有名病院の医者が解説をしていたのだが、そのことばがどうしても広島弁の抑揚に聞こえる。 つれあいが気付いて「この人、広島の人じゃない」と聞いてきたので、俺も「いや、そんな感じがした」と答えた。 その先生の名前で検索すると Facebook のページが出てきた。出身地はやはり、広島県広島市だった。 つれあいいわく、「こんな素の広島弁を東京で話す人って、いるんだね」という感想だった(2014-11-19)。

「むずかしくありませんか」と古語「むつかし」

日本の県民の特徴をおもしろおかしく取り上げる番組がある。 ここで「むずかしくありませんか」ということばが取り上げられていた。 広島の美容院では、美容師がお客さんに向かって「むずかしくありませんか」 と聞くという。これは、日本の TPP 参加の是非とか、 フェルマーの大定理の証明について聞いているのではない。 「どこか具合のわるいところはありませんか」という意味である。 同じことは、耳や鼻への合わせを行うメガネ屋でも店員からお客さんに対してあるそうだ。

これを実感したのはつれあいと一緒に越谷のメガネ店に行ったときのことである。 越谷に「メガネのタナカ」という店があるが、ここは広島を本拠とするチェーン店である。 店員はみな丁寧な応対をするのだが、やはり広島なのである。 ある店員はつれあいに新たなメガネを渡したのち、こう付け加えた。 「家でメガネをかけてみてむずかしいようでしたら、すぐに持ってきてください。調整しますから」 私はそのときに気づかず、店を出てからつれあいに指摘されて気づいた。

この「むずかしくありませんか」は、古語「むつかし」の意味というのがもっともらしい。 古語としての意味は「不愉快だ、うっとうしい」という。

古語が現在に至るまで使われている場合がある。このときの条件であるが、柳田国男の「蝸牛考」で提示され、 松本修「日本アホ・バカ分布考」で証明された方言の分布の法則によれば、 都から離れたところほど昔の使い方が残っているという。 しかし、この「むずかしくありませんか」は、その番組によれば、広島しか使われないという。 なぜだろう。

なお、つれあいによれば、 問題などが難しいばあいのも「むずかしい」を使うということである。 問題が易しい場合は「やさしい」ともいうし、「みやすい」もつかえる。

この「むずかしい」のように、共通語にも存在する語彙なのに土地固有の使い方がある、 というのが一番把握しづらい。 広島弁で有名な例は「たちまち」だが、こちらは広島弁のページにはよく載っている。 しかし、「むずかしい」の例は載っていない。今後の広島弁ページの編集者には更新を期待する。

広島弁の詞による歌

広島弁の歌詞がついた歌というのは、私は2曲しか知らない。

これだけである。うわさの……は、CD を持っている。ラップのような、明るいノリである。 広島の川は、聞いたことがない。おそらくしっとりした曲調なのだろうと勝手に想像している (その後、Youtube で聞いた。想像した通りだった。詳しくは下記参照)。

これとは違い、広島を題材にした、いわゆるご当地ソングはこれより多くあるはずだ。 「ご当地ソングの女王」水森かおりが有名だ。それから、広島人なら知っている南一誠の歌も多くあるはずだ。

広島の川

上記で「広島の川」はまだ聞いたことがない、と書いた。何度か Youtube で探したがいつも見当たらなかった。 前回探したのは半年前かな、こんどはどうだろうかと探したら見つかった。 思った通りしっとりした曲調だ。作詞は広島出身のイラストレーターである山下勇三、作曲・編曲は日本の誇るジャズマンである佐藤允彦だ。

それで、気になる歌詞がある。<六番目の川は猿猴川 けつべたァ抜かれるけん 子どもは泳がんのじゃァ > 「けつべた」とは何だろう。広島弁のサイトを見てもない。ただの「おしり」のことだろうか。 (他の地域、例えば福井弁などでは「ほお→ほっぺた」などの関連で「けつ→けつべた」を見かける)。 Wikipedia の情報によると次のようだ。猿猴川の猿猴とは河童の一種らしい。 川の河童は尻子玉を抜いて殺すなどの悪事を働く。尻子玉とは肛門にある架空の臓器である。 ということは、けつべたとは尻子玉のことだろう。(2012-07-22)

具体と抽象

先にも書いたのだが、「共通語にも存在する語彙なのに土地固有の使い方がある、 というのが一番把握しづらい。 共通語と地域語でどのような使い方が異なるかを調べるのは面白いかもしれない。 表で整理しよう。私の考えでは、広島弁では具体的な使い方であるのに、 共通語では抽象的な使い方になる例が複数ある。

単語広島弁共通語
すがる寄り添う、寄りかかる頼る、頼みにする
めげる(物が)こわれる(人が)自信を失う、落胆する、くじける、落ち込む
おさめる(物を)しまう、かたづける(価値があるものを)提出する(年貢をおさめる、税金をおさめる)

土地のことばで歌う

あるテレビの番組で、有名な歌を土地の言葉で歌うという企画を見た。広島弁も当然あった。 このときの歌手は準優勝だった。

iPad プロモーション

iPad のプロモーションの解説を広島版で吹き替えたビデオが話題になっていた。 一番よくわかるのは「ええがに」がよく出てくることだ。直訳すれば「いい具合に」である。

広島弁の出てくるマンガ

私が目にした広島弁の出てくるマンガの最初は「はだしのゲン」だった。そのあと、「カバチタレ」なども読んだ。 今、ときどき読んでいるのは野村知紗の「看護助手のナナちゃん」(ビッグコミックオリジナル連載中)である。

リンク集

まりんきょ学問所ことばについて > よそ者による広島弁調査


MARUYAMA Satosi