理想のピアニスト(第5回):ピアノが弾けるヴァイオリン弾き

作成日:2003-03-30
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前回の意見に対して、御意見を頂いた。 ピアニストは指揮ができるのではないか、 とのことだった。こちらの御意見に関しては掲示板を参照してほしいが、 確かに指揮ができるピアニストは多い。私から掲示板には挙げていないが、 今は指揮者として有名なアンドレ・プレヴィンも以前はジャズピアニストとして鳴らしていた。 私はジャズの師匠 Y 氏から彼のアルバム"King Size"を聞いてのけぞったことがある。 そして最近でも、彼はジャズピアニストとしての録音を残している。いや、参りました。

さて、前回持ち替えは可能かということで、私は 「後期ロマン派までの作品では、 持ち替えた楽器の技量でも十分音楽になると思う」 と記した。その理由を考える。

第一に、 後期ロマン派までの室内楽曲は、 ピアノの技術に関して超絶的な技巧は要求していないということである。 もちろん、ロマン派の時代では、 ソロや協奏曲という分野ではピアノの技巧を極限まで追求している曲が多い。 また、それらの技巧をきちんとこなすことが、効果をあげるために必要となっている。 しかし、室内楽曲は全体としての和の力が主眼となるため、作曲者も高度な技巧は要求していない。 従って、ピアノの技量はそれほどと必要とされない。

第二に、 ピアノという楽器とピアノ奏者との関連度は、 他の楽器と楽器奏者との関連度より低い、という事実がある。 ピアノは、他の楽器に比べて極めて複雑な機構を持っている。その機構は、 楽器としての完成性を実現するために設けられていると私は考える。そのため、 ピアニストが介入する余地があまりないように思われる。言い換えれば、 ピアノの音色を多様に弾き分けることは、プロのピアニストにとっても極めて難しい。 音色をコントロールするための手足が、コントロールされる音色にどのように伝わるかを学び、 それを実践するのは並み大抵のことではない。そして、聴衆は、 それほどまでの微妙な音の響きを感じ取るだけの耳の力を持っているのか、疑問である。

「ピアノは下手でもいい」という誤解を与えるような書き方になってしまった。 私が言いたいのは、ピアニストがよい音色を生み出すために苦労を重ねても、 聴衆に与える感銘はある程度のところで頭打ちになってしまうのではないか、 ということである。そして特に室内楽の場合は、ピアノ固有の音色や技術を追求すべきという目標は、 他のジャンルと比較して相対的に低下するのではないかということである。

さて、ここまで書いてきて、私の意見に重大な欠陥があるのを見い出した。 それは「ほかならぬマルヤマの意見だから」という欠陥である。しかし、この欠陥は死ぬまで直らない。 次なる欠陥は、 偉大なヴァイオリニストがピアノを手遊びに弾くという場面でしか通用しない、 ということである。弦楽器から見てピアノは第二の楽器として通用するが、 ピアノから見て弦楽器を第二の楽器として持ち替えをすることはできるだろうか。

上記の理屈で行くと、ピアニストが弦楽器を第二の楽器として持ち替えを行なうのは難しそうだ。 やはり、ピアニストの活動領域は狭いようだ。


さて、「たとえばヴァイオリニストがピアノを弾けるといいだろう」 と前回書いた。これを実際に行なったのではないかと想像できる例がある。

ヨハン・セバスチャン・バッハのブランデンブルク協奏曲第5番は、 フルート、ヴァイオリン、チェンバロの3楽器をソロとする協奏曲となっている。 この第5番の編成は特異で、伴奏を行なうヴァイオリンは1パートしかない。 これは、次の理由ではないかと推測される(きっとどこかに研究があるはずだが、 見つけられない)。 バッハが率いる楽団では、バッハがヴィオラを弾いていた。ところが、 ブランデンブルク協奏曲第5番を行なう段になり、バッハはチェンバロに回った。 そのため、ヴィオラをヴァイオリンから調達してこないといけない羽目になった。 おまけに、独奏者としてのヴァイオリン奏者も必要である。 最後に、ヴァイオリンは、1パートしか確保できなくなった。

この場合は楽団の事情によるところが大きかった。 移動した楽団員の気持ちはどんなものだったのだろうか。 ともあれ、弦楽器と鍵盤楽器を自由に行き来できた当時がうらやましい。 (2003-03-30)

追記:マンガの「のだめカンタービレ」は爆発的人気を得た。そこでは、 主人公のだめの相手である千秋真一は、 指揮者の卵にしてピアノもヴァイオリンもプロ級という設定になっている。 これはマンガだからだろうか。 ほかの分野では、野球の大谷翔平が打者と投手という二刀流に挑戦していて話題になっている。 (2013-07-15)

最近、 ヴァイオリンとピアノの「二刀流」について (violinear.com) という記事を読んだ。これについては追って考えたい。 そういえば、ヴァイオリニストの千々岩英一さんは、「小さなころはピアニストになりたかったが、考えた末ヴァイオリニストになった」 とどこかで書いていらした気がする(2016-03-26) 。

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MARUYAMA Satosi