日本応用数理学会誌2009年6月号

作成日:2009-07-04
最終更新日:

投票価値の平等と格差

日本応用数理学会論文誌に掲載された論文を読んだ。 この投票価値についての論文は、 以前の感想に記した、議員定数配分方法と同じ著者によるものである。 残念なことに、今回の論文でも誤植が目立つので、次に指摘する。ページ数は2009年通番。

この論文での主張は「投票価値において、格差を小さくすることと、人口比例を実現することとは異なる」ということ、 そして、「投票価値の平等化とは、格差を小さくすることではなく、人口比例を実現することである」ということである。

この主張はわかったつもりである。つもりというのは何か。 格差の定義ははっきりしているが、議員定数配分が人口比例を実現しているとはどういうことか、 定義があいまいなのである。以下、見てみよう。

県 j (j = 1, ..., s)の人口を pj とする。総人口 p は Σ j pj である。議員定数を h とする。 県 j の取り分 (quota) を qj = h * (pj/p) で定義する。 理想は、議員定数が取り分と一致することである。しかし、議員数は整数であり、有理数にはなりえない。 そこで、整数に丸めざるを得ない。取り分を丸めて整数にした数字は、配分議員数である。これを ajとする。 丸め方の方式が各種提案されている。

さて、格差は明確に定義できる。これは、1票の価値の最大値と最小値の比である。1票の価値は、 県の配分議員数 aj を、その取り分 qj で除した値である。

一方で、人口比例を実現するとはどういうことかだが、著者は論文で次のように述べている。

人口は完全に取り分に比例するので,人口に比例した配分とは,取り分に比例した配分のことであるが, 取り分は有理数であるのに,配分議員数は整数である.そのため, 両者が比例しているかどうかを数学的に厳密に判定することは非常に難しい.

なんだ、それでは意味がない。 代わりに、著者は、比例していないことの条件を挙げる。

  1. アラバマ・バラドックスの発生
  2. 人口パラドックスの発生
  3. 取り分の値と配分議員数の大幅な差異の存在

1., 2. は明確に定義できる。ただし、ここでは説明を省略する。著者による 3. の例は次の通り。

日本の47都道府県に300議席を人口比例配分する。その結果、人口の多い10都道府県の取り分の和と、 人口の少ない10都道府県の取り分の和を、同じグループの配分議員数の和と比べた。 すると、配分方式によって、取り分の和と配分議員数の和がほぼ一致する場合と 大きく乖離する場合があることがわかった。

具体的数字と配分方式に即して言えば、人口の多い10都道府県の取り分の和は163.8 で、 人口の少ない10都道府県の取り分の和は 20.8 であった。 これに対し、アダムズ方式による配分では、人口の多い10都道府県の配分議院数の和は 156、 人口の少ない10都道府県の配分議院数の和は 23 であった。以下、この組み合わせを (156, 23) と書く。 一方他の方式の中で近似がよいのは最大剰余方式とウェブスター方式で、(163, 21)であった。

残りは私の意見である。最後の例で、取り分と配分議員の比例については、 人口の多い10都道府県の配分議院数の和と、人口の少ない10都道府県の配分議院数の和で比べる、 と割り切ればよいと思う。

それから、著者には「こういった条件を考慮すると実現すべき方式は***である」と断言してほしかった。 ちなみに、論文に書かれていて、かつ下記条件

  1. アラバマ・バラドックスが発生しない
  2. 人口パラドックスが発生しない
  3. 取り分制約を満たさないことがあるが、発生はまれである

を満たすものは、ディーン方式、ヒル方式、ウェブスター方式である (ウェブスター方式は、「現実のデータで取り分制約を満たさないことは極めてまれである」 と説明されている。他の2つは<極めて>という強調語はない)。

私の感触からいえばウェブスター方式がよいように思える。

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