チェロと自身の音楽に関するエッセイ。
p.36 では、チェロを教えること、と題して次のように生徒への指導を語っている。
しかし、いまは注意してもだめなものはだめで、 すでに手遅れとなっているチェロの技術については、 矯正しても本人が幸せになるとは限らないのと思うので、 口が重くなる一方である。
コンサートプロとしての矜持が見られる。
pp.55-56 では次のように語っている
イアホンでガンガン音を聞いている人たちは、 ある種の難聴になるといわれているが、 楽器奏者の場合にも同じようなことが起こる。 楽器の場合はもっと何倍もの精密さで、 音……音程とも音色といってもよい……を聞き分けなければならないが、 倍音の出かたが不揃いの、粗雑な音しか出ない楽器で長く弾いていると、 耳は毒されてしまう。
おそらく多くの人の楽器を聞いてきてそのような判断をしているのであろう。 俺はどうか。俺はもうどうでもいい。 俺の耳は毒されていると思えばいいのだから。それに、本人である私は楽器を弾いて幸せなのだから。
書 名 | チェロ、こころの旋律 |
著 者 | 藤原 真理 |
発行日 | |
発行元 | 大和出版 |
定 価 | ???? 円(本体) |
サイズ | |
ISBN |
まりんきょ学問所 > 読んだ本の記録> 藤原 真理:チェロ、こころの旋律