原民喜:夏の花

2026-09-23

概要

作者自身による「後記」から引用する。

「夏の花」「廃墟から」「壊滅の序曲」の三篇は正・続・補の三部作で、 「小さな村」「昔の店」「氷花」もそれぞれ三部作とつながりのあるものである。

この事は稀有な体験の紀念である。罹災直後、ひどい衰弱と飢餓のなかで私はまず「夏の花」を書いたが、 「廃墟から」はその翌年ひだるい軀を石油箱の机に鞭打ちながら書いた。 その他の四篇も上京後、赤貧と窮死に追詰めながら仕上げた。こういう滅茶苦茶の条件の中でものが書けたということも、 私としては稀有のことであった。

感想

夏の花

「夏の花」は、作者である原民喜の名前とともに原爆文学として有名だ。一度は読まないとと思い、最近気分がすぐれない私であるが勇気を出して読んでみた。 最初のページは、著者が、妻と、そして自身の父母の墓参りを夏に行なった場面の描写だ。墓参りで備えた花の描写からこの表題が来ているのだろう。

「夏の花」の冒頭3行に掲げられている詩で、獐しょうのごとく小鹿のごとくあれとあるが、 獐とは何だろうか。青空文庫では「のろ」というルビがある。ノロとは Wikipedia によればノロジカのことである。ノロジカは、日本でなじみ深いニホンジカとは同じシカ科であるが、 ノロジカはノロ亜科、ニホンジカはシカ亜科である。成長したニホンジカはノロジカより大きいから、敏捷なシカ科全体を指すためにこのような言い回しをしたのだろう。

「夏の花」は全体的に、即物的な描写が支配しているようだ。

廃墟から

pp.50-51 に次のような記述があった。

私はその日、帰りの汽車の中でふと、呉線は明日から試運転をするということを耳にしたので、 その翌々日、呉線経由で本郷へ行くつもりで再び廿日市の方へ出かけた。 が、汽車の時間を時間をとりはずしていたので、電車で己斐に出た。ここまでくると、一そ宇品へ出ようと思ったが、ここからさき、 電車は鉄橋が墜ちているので、渡舟によって聯絡していて、その渡しに乗るにはものの一時間は暇どるということをきいた。そこで私はまた広島駅に行くことにして、 己斐駅のベンチに腰を下ろした。

ここで、汽車と電車が使い分けられている。「汽車」は当時の国鉄の山陽本線のことだろう。そして「電車」は広島電鉄のことだろう。どちらもよく動いていたものだ。 広島電鉄ならば、己斐(現在の広電西広島駅)から乗り換えをすれば同じ広電で宇品港まで行けるので、そのことを指しているのだろう。 なお、「私」が向かおうとしていた本郷とは、もうすぐ一周忌を迎える妻の郷里である豊田郡本郷町(当時)のことと思われる。現在は三原市に属する。 また、山陽本線には本郷駅があるので、著者はこの駅に向かうつもりだったと思われる。

誤植

p.6 右から4行目、久ひさし振ぶぶりにとあるが、正しくは《久し振りに》だろう。 青空文庫(www.aozora.gr.jp)では、《久し振りに》となっている。

書名夏の花
著者原民喜
発行日2010 年 8 月 30 日 第2刷
発行元日本ブックエース
定価1000 円(本体)
サイズ
ISBN978-4-284-80078-5
その他草加市立図書館で借りて読む