寄本勝美: ごみとリサイクル

2026-09-08

概要

カバーから引用する。

(前略)ごみ問題の第一人者が、自治体や市民グループのさまざまな試みを最新のデータとともに紹介し、 打開策を鮮明に描き出す。ごみ減量の戦略とリサイクル社会への道を考える上で必読の一冊。

感想

本書が発売されたころは公害に関心があり、そのため購入して何度も読んだ。その中に今でも覚えている一言がある。 以下は、昭和七、八年頃の東京の塵芥取扱場の模様であり、 山高しげり「わが幸はわが手で」という著書による記述である。山高は、市川房枝と並ぶ婦人運動のリーダーであった。 この記述は本書の p.23 に掲載されているので、それを再転載する。

われわれの家のゴミ箱から出たゴミが、ゴミ屋さんの車に積まれてどこへ行くかをつきとめてみると、 まず川べりの集積所へ運ばれ、そこで船積みにされて終末処分場へおくられるのですが、 その集積場で大勢の人びとの手で撰分が行われ、 ボロも、木綿、絹、毛というふうに、紙屑もボール紙、和紙、新聞紙というふうに、 その他ガラス屑、木片等々十数種に分別したものが、それぞれくず問屋をへて原料として再生工場へおくりこまれるのであって、 再生工場ではボロはセルロイドに、古新聞は板紙に、おのおの再生していく姿は興味深く、 正に更生の途のないのは人間の屑のみ、という感を深くするにたります。

ここの正に更生の途のないのは人間の屑のみを読んで、私は人間の屑なのか、と思ってしまったことを今でも思い出す。

そしてしばらく経ったあるときのこと、私は勤務先の朝礼で課長の訓話にコメントすることになった。課長の訓話はリサイクルに関するものだった。 私はコメントで「昭和の初期、リサイクルは進んでいて、ボロも紙屑も、ほかのゴミも再生できて役に立っていたといいます。 しかし、役に立たないクズが一つあります。人間のクズです」と本書の受け売りをして、皆の笑いを取った。朝礼の後になっても、同僚の何人かが 「私は人間の屑ですから」と自嘲気味につぶやいていたことが未だに忘れられない。

書誌情報

書名ごみとリサイクル
著者寄本勝美
発行日1990 年 12 月 20 日 第1刷
発行元岩波書店
定価563 円(本体)
サイズ新書版 ページ
ISBN4-00-430149-1
その他川口市立図書館にて借りて読む