木村 敏:自覚の精神病理

作成日: 2015-04-05
最終更新日:

概要

人間というものがいかにして生きているか。生き方が危機に陥った姿を通して訴えるとともに、 日本人であるわれわれの生き方に鋭く反省を迫る試み。

感想

これはどこかに書いたと思うのだが、木村敏の本を数冊持っているのは理由がある。 俺の友達で、精神を病んだ奴が京都で木村敏の治療を受け感動した、と言っていた。 そういうわけで、ではどんな人なのだろうかと思って買ってみたのが始まりだ。

離人症

私も、ときどき変な症状にとらわれるときがある。たとえば、仕事場で、同僚や取引先に、 必死の思いで説得を試みたり説明をしたりするときがある。そうして激しい話を終えた後で、 ふと、あれほど激しい話をした俺はいったい俺だったのだろうかと不思議に思うことがある。

それから、特に漢字が多い文章について感じることなのだが、見えている字が字としてしか認識できず、 意味がまるっきり立ち上ってこない、という不愉快な感情に捉えられることもあった。

今挙げたようなことは人生でそれぞれ5回ほどだった。 こんなことはめったにないだろうと安心する反面、このような普段にはない経験はきっと人間の存在を明らかにするいい例なのだろう、 と振り返る余裕もある。

さて、俺はいったい俺だったのだろうか、という感情を抱いたことは離人症であろうと思い、著者の考察を読み進めてみた。 著者は、離人症についてある患者を取り上げ、宿命的に担わざるを得なかった社会的要因を指摘はするが、 それを離人症の原因と同一視することは避ける立場で、むしろ、個人的要因が発症に果たした役割を重要視する。 その詳細は省くが、俺が離人症に悩まされることはないだろう、と安心はした。しかし、私は別の精神疾患をもっているし、 いつ、どんな形で新たな疾患になるかはわからない。

書誌情報

書 名自覚の精神病理
著 者木村 敏
発行日 年 月 日
発行元紀伊國屋書店
定 価1400円(本体)
サイズ??版
ISBN4-314-00205-0

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MARUYAMA Satosi