副題は「音楽の何に魅せられるのか?」
以下はただの拾い読みである。
pp.146-147 で、モーツァルトの「音楽の冗談」について触れられている。 ここで図 4.2 にフィナーレの終結部のスコアが引用されている。このスコアは困ったことに、 コントラバスの調号が誤っている。まず、ヘ音記号なのに調号がト音記号における変ホ長調の位置についている。 モーツァルトは常道から外れた書式で音楽の冗談を書いたが、スコアの書き方まで故意に過ちを犯しているわけではない。 それから、楽譜では調号は変わっていない。ヘ長調の調号のまま、すなわちフラット一つである。 しかし、ベースとしては B (ベー)の音を引いているので、主調は変ロ長調と意識されている。 さらにいえば、コントラバスというのも正確には正しくなく、パートは「バス」と書かれていて、 チェロとコントラバスを意味している。 ついでに、スコアの説明に、 「このジョークの極め付きが六つの楽器がそれぞれ別の調で演奏するフィナーレであることはすぐにわかる。」 と本文であるが、この曲の場合は「六つの声部」というのが正確かもしれない。 このときの六つの声部とは、 第1ホルン、第2ホルン、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、バスを指す。 こうすると、6つの楽器がそれぞれ別の調で演奏する、というのも実は誤っていて、 2つのホルンは合わせてヘ長調である(第1が奏する音はA、第2はF)。ほかは、 第1ヴァイオリンがト長調(音はG)、第2ヴァイオリンがイ長調(音はA)、 ヴィオラが変ホ長調(音はEs)、バスが変ロ長調(音は B、既述)。
この本ではバッハの平均律が何回か引用されるのだが、その引用の仕方がしっくりこない。 p.186 を見てみよう。そこには 《バッハの『平均律クラヴィーア曲集第一巻』「前奏曲 四声のフーガ ハ長調」などは、 アルペッジョを基にしたアルファベットの中でも特に有名な例と言えるだろう。》 とある。 ここで引用されている楽譜は、『平均律クラヴィーア曲集第一巻』ハ長調の前奏曲である。 私の認識は、バッハの平均律はまず最初に第一巻と第二巻があるということ、 それぞれの巻は24の調の「前奏曲とフーガ」から構成されていることである。 だから、私のとっての引用の仕方は、 バッハ平均律クラヴィーア曲集第(一|二)巻(|変|嬰)(ハ|ニ|ホ|ヘ|ト|イ|ロ|ハ)(長|短)調より(前奏曲|フーガ)、 となる。何を言いたいのかというと、私としてはここの引用は、 《バッハの『平均律クラヴィーア曲集第一巻』ハ長調の「前奏曲」などは、》と続けられるのが、私にとってはしっくりくる。 フーガはアルペッジョを基にはしていないからだ。
第10 章は、アパッショナート―――音楽はなぜ人を感動させるのか、と題して音楽の秘密に迫ろうとしている。 音楽を聴いて人が感動する一つの理論として「予測と裏切り」の理論が紹介される。著者はその有用性を認めたうえで、 この理論だけでは不十分でもっとたくさんの要素について考える必要がある、と述べている。
この章の p.477 で、著者はこう述べている。
安っぽくて、感傷的なだけの音楽に、なぜ私たちは心を動かされてしまうのか。 心を動かしているものは何か。おそらく、その多くは、「クリシェ」と呼ばれる、 陳腐な、お決まりのパターンのせいだろう。いかにも「ここで泣かせよう」としていることが見え見えのパターンはいくつかある。 だが、そもそもなぜ、そうしたパターンが繰り返し使われ、「クリシェ」となったのか。 なぜ、それがクリシェだとわかっている人間に対してさえ、効力を持つのか。 もちろん、安っぽい音楽と芸術的価値の高い音楽を分ける明確な境界線はない。 境界線があると考えること自体、バカげているだろう(フォーレのように両方の音楽を作った作曲家もいる)。
ここまで読んで私は疑念にとらわれた。フォーレは、両方の音楽を作ったのだろうか。 ここでいう両方の音楽とは、安っぽい音楽と芸術的価値の高い音楽のことである。 フォーレは後者、すなわち芸術的価値の高い音楽を作ったことは自明とする。 では、フォーレは安っぽい音楽を作ったのだろうか。 この文章から推察される限り、 安っぽい音楽とはクリシェ、すなわち陳腐な、お決まりのパターンを使った音楽のことを指すのだろう。 さて、フォーレは、そんなにクリシェを多く使った作品を作ったのだろうか。 仮に、クリシェを使っていないとしても、安っぽい音楽を作ったのだろうか。
書 名 | 音楽の科学 |
著 者 | フィリップ・ボール |
訳 者 | 夏目 大 |
発行日 | 年 月 日 |
発行元 | 河出書房新社 |
定 価 | 3800 円(税別) |
サイズ | |
ISBN | 978-4-309-27256-6 |
その他 | 越谷市立図書館南部図書室で借りて読む。新装版ではない。 |
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