「まえがき」から引用する
(前略)現在の品質工学の領域が,いわゆる技術開発から始まり,医学,薬学,生物学,哲学,心理学,社会学,経済学へと広がったということは,巨大なシステムを構成しつつあるということである. あえて一言でいえば多次元世界の評価の思想である.計測技術とは,何が正しくて,何が誤っているかを評価する方法である. このようにいえば,品質工学とは広義の計測技術であり,評価の学問である.しかし,評価したことの妥当性を改めて問うという二重の評価を行うところが極めて複雑な構造である.
(中略)品質工学は手法か考え方かという理解の浅い議論がある.すでに述べたようにそのどちらでもないが,実践の学問であることだけは確かである. 具体的な課題の解決のための手法でもあり,なぜそのように考えたかという思想を伴っている.したがって,本書も筆者の実践の過程を述べたつもりである.
本書は語り口が饒舌だ。そのため、多少うっとうしいと思うことがある。また、いたるところに、品質工学創始者の田口玄一氏の成果がちりばめられている(本書で田口とあれば、 すべて田口玄一を指す)。それはよいのだが、 特定の人物をほめそやすのはちょっと違うと感じることもあり、怖気づいてしまう。
本書のあちこちに「直交表」が出ている。たとえば、「9. エネルギー変換の発見」では、p.138 にもう一つは直交表 `L_(18)` を使った理由である.
と出ている。`L_(18)` という直交表はどのようなものだろうか。
永田靖:入門 実験計画法では、`L_(18)` の直交表はない。インターネットによれば、タグチメソッドに`L_(18)` の直交表は特徴的なもののようである。
下記は、関西品質工学研究会の直交表とは(kqerg.jimdofree.com)というページを参考に作ったものである。
本書には `L_(12)` の表が p.258 にあるが、このキャプションは、表 17.1 取引きにおける機能性評価の SN 比と求める誤差
とある。これはおかしい。この表はあくまで `L_(12)` の表そのものであり、
《取引きにおける機能性評価の SN 比と求める誤差》ではない。「取引きにおける機能性評価の SN 比と誤差を求めるために使われる `L_(12)` 直交表」としないと意味がとれない。
本書には、このように著者の主張を組んで文を読み直さないといけないところが頻出する。大変である。
なお、本書には直交表`L_8` も出てくるが、これは上記永田の本にある。
No. | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
2 | 1 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 |
3 | 1 | 1 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 |
4 | 1 | 2 | 1 | 1 | 2 | 2 | 3 | 3 |
5 | 1 | 2 | 2 | 2 | 3 | 3 | 1 | 1 |
6 | 1 | 2 | 3 | 3 | 1 | 1 | 2 | 2 |
7 | 1 | 3 | 1 | 2 | 1 | 3 | 2 | 3 |
8 | 1 | 3 | 2 | 3 | 2 | 1 | 3 | 1 |
9 | 1 | 3 | 3 | 1 | 3 | 2 | 1 | 2 |
10 | 2 | 1 | 1 | 3 | 3 | 2 | 2 | 1 |
11 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 3 | 3 | 2 |
12 | 2 | 1 | 3 | 2 | 2 | 1 | 1 | 3 |
13 | 2 | 2 | 1 | 2 | 3 | 1 | 3 | 2 |
14 | 2 | 2 | 2 | 3 | 1 | 2 | 1 | 3 |
15 | 2 | 2 | 3 | 1 | 2 | 3 | 2 | 1 |
16 | 2 | 3 | 1 | 3 | 2 | 3 | 1 | 2 |
17 | 2 | 3 | 2 | 1 | 3 | 1 | 2 | 3 |
18 | 2 | 3 | 3 | 2 | 1 | 2 | 3 | 1 |
「14. 品質工学の本質は計測技術」という章を読んだ。私は社会人になってから2年めから8年めまで、計測あるいは制御が名称につく組織にいたので、 計測は重要だと常々思っている。さて、本書 pp.211-212 から抜粋する。
真の値があらかじめあって,測れば誤差は求められるというような固定的なイメージは歴史的には強者が決めてきたといってよい. ハードウェアではないが社員の評価にしろ,学生の評価にしろ,権力のあるものが勝手に決めているだけで,それ自体の妥当性は不明である. 筆者は品質工学に関係する論文を学生に読ませて,レポートを書いてもらい,これを品質工学を講義している 10 人近い学校の先生に採点してもらったところ, 先生の採点力には 10 倍以上の点数のばらつきがあった.学生はこのような採点によって卒業するのであり,社員は上司の怪しげな評価で給料が決定されている. 飲み屋で上司の悪口が出るのはあるいはもっともなことかもしれない.重要なのは上に立つ人の評価能力をさらに評価することである.
個人的なことで恐縮であるが、自分の社会人時代を思い出した。自身の能力は他者より劣っていたことは何より自覚していた。だから、昇進が遅かったことも受け入れているし、
一度だけの昇進のあと降格したことも納得している。
ただ、許せないのは、あきらかに地位に見合うだけの能力を持たず実績も残さない役職者がいたこと、そのような役職者によって私の評価が下げられた(かもしれない)ことである。
このようなことが積み重なると、社会人を務めるのがばかばかしくなってしまう。嫌気がさして退職したあとは、再就職活動も形の上ではしたが、実際に就職することは考えていなかった。
また、前の職場の人間に会いたいとも思わなくなった。飲み屋で上司の悪口が出る
ということは私にはわかる
(私自身は言っていなかったように思うが、酔った勢いで言ってしまって忘れている公算が高い)。
「15. パターンによる測定 - MT システム」という章がある。MT システムとは、マハラノビスー田口玄一の頭文字である。 私はかつてパターン認識を研究していたことがあるので、ここも気合を入れて読んでみた。そのなかで、 MT システムの指導原理はトルストイにある という一節がある。ああ、あれだなとわかった。そう、アンナ・カレーニナの冒頭である。念のため、引用する。
MT システムの指導原理として,田口はトルストイのアンナ・カレーニナの一節を引用した.すなわち
幸福な家庭はどれも似たものだが,不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものであるということになる.
書名 | 技術者力を高める 新版 品質工学入門 |
著者 | 矢野宏 |
発行日 | 2011 年 4 月 15 日 新版 第 1 刷 |
発行元 | 日本規格協会 |
定価 | 2600 円(本体) |
サイズ | A5 版 294 ページ |
ISBN | 978-4-542-51140-8 |
その他 | 川口市立図書館で借りて読む |
まりんきょ学問所 > 読んだ本の記録 > 矢野宏 : 技術者力を高める 新版 品質工学入門