北杜夫:船乗りクプクプの冒険

2026-09-26

概要

カバー裏から引用する。大人から子どもまで、読み始めたらとまらない奇想天外なファンタジーが新装版で復刊。

読後感

小学校か、中学校のころ、本書を買った。新潮文庫だったような気がする。 そして、この本で読書感想文を書いたことがある。北杜夫の小説は「どくとるマンボウ青春記」以来、小学校のころからずっと読んできたが、 この三十年はほとんど読んで来なかった。久しぶりに選んだのがこの本だった。

主人公のクプクプは、航海に出てナンジャとモンジャという二人組の船員にいじめられていた。ナンジャとモンジャが立ち去ったあと、 立ちすくんでいたクプクプは、大男のヌボーから声を掛けられる。p.44 から引用する。

「おまえは、あのふたりのことをうらんでいるだろう? しかし、うらむんじゃない。あのふたりはほかにいばる相手がいないのだ。 おまえがくる前は、あのふたりがいじめられていたんだ。普通の人間は、えてしてああなるんだよ。がまんをおし、クプクプ。あのふたりだってわるい男じゃない。 じきにおまえをいじめたりしなくなるさ」

私が会社をやめる少し前も、同じ場面に遭遇した。ある部門で、立場の弱い社員がいろいろと仕事を命じられていたとき、新しい社員が入った。 その今まで仕事を命じられていた社員は、新しい社員にいろいろと偉そうな立場で物を言ったり、なじったりしていた。このような光景が複数の部門であったのだった。 その後、本書のようにじきにおまえをいじめたりしなくなるようになったかは、わからない。私が会社をやめてしまったからだ。

あらすじは忘れてしまった。そこで一通り読んでみて、やはりあらすじを覚えていなかったことを確認した。 ただし、たぶんここだけは読んだという覚えが確実に残っている箇所があった。小説家のキタ・モリオ氏が人食い土人を手懐けようとして、手品を披露する場面だ。 pp.190-191 から引用する。

そういってキタ・モリオ氏は、さっきの白いハンカチをとりだし、ひらひらと目の前でふってみせた。
「さあ、タネも仕掛けもないよ。ちちんぷいぷい」
彼は不器用にハンカチをこぶしの中におしこんだ。(中略)そうして、さてそろそろこぶしの反対側からハンカチをひきだしてみると、それは白いまんまだった。
「ほう、それが魔法なのかね?」
相かわらず、人を小バカにしたような皮肉な調子で、背の高い土人がきいた。
キタ・モリオ氏は顔をまっかにした。
「いいや、白いハンカチは白いハンカチだ。いまそれを証明してみせたところだ。ところがお立合い、今度はそれが赤くなる」
「赤くならないと思うね」
と、人食い土人がいった。
「ところがちゃんと赤くなる。ほうら、このとおり!」
キタ・モリオ氏はもう一ぺんやってみた。しかし、どこに手ちがいがあったのだろう、ハンカチはまたもや白いまんまだった。 ただキタ・モリオ氏の顔が、赤くなったり黄いろくなったりした。

この最後の一文のただキタ・モリオ氏の顔が、赤くなったり黄いろくなったりした。が、印象に残っていたのだった。 キタ・モリオ氏があやつるハンカチが白いままなのに、顔色が変わる対比の技巧が楽しかったのだと思う。

p.172 で、キタ・モリオ氏は歴史上の作戦家の名を挙げる。

「クスノキ・マサシゲを知らないのか? たいへんハカリゴトのうまかった武将だ。 難攻不落の大阪城という城をつくった」
と、キタ・モリオ氏はいばってこたえた。
「あれ、千早城でしょう?」 と、クプクプはおどろいて口をはさんだ。

私は楠木正成のことはよく知らない。ただ、かつての上司が、作戦家・参謀として楠木正成のことを尊敬していたことは覚えている。 この上司は私が嫌い抜くほど嫌っていたので、必然的に楠木正成もよく知らないながら嫌っている。ちなみに、この上司は六十歳のときに亡くなったので、 少なくともこれを書いている私は六十三歳まで生きたので、ここでは私が「勝ち」だ。

楠木正成のことを知らないので、千早城のこともよく知らない。しかし、「千早城」という高木秀次による詰将棋作品集があること、 およびその作品集の中に「千早城」と題された詰将棋作品があることは知っている。おそらく、千早城がもっている難攻不落というイメージを生かしてのことだろう。 そして、「千早城」に収められたある作品に最初に出てきた、詰将棋の高級な手筋を、その作品集の作者の名前にちなんで高木手筋と名付けられたことも知っている。 しかし、私が楠木正成と千早城について知っていることはこれだけである。

その後、キタ・モリオ氏はロンメル将軍のことも口に出すが、クプクプに誤りを指摘されてしまう。 それにしても、クプクプはよく楠木正成やロンメル将軍のことを知っているものだと感心してしまった。この物語では、 クプクプはもともとタローという宿題が嫌いなこどもという設定だった。算数の宿題を考えている場面では頭が悪そうだが、 実際は賢いのではないか。そういう疑念が浮かんだ。

人食い土人たちが文明的であることを説明する箇所がある。いくつか引用する。まず、pp.201-202 から。

本の中で見るような、土人の部落である。ところがおどろいたことに、石づくりの宮殿みたいな家もある。
「あれは議事堂だよ」
と、ひとりの土人がクプクプに教えた。
それから、あれが原子力研究所」
と、モダンなプラスチックの建物の前をとおったときに、その土人はまた教えた。(後略)

著者は、文明の象徴として原子力を捉えていたようだ。その先の pp.208-209 も引用する。キタ・モリオ氏が人食い土人たちをだまそうとして案じた奸計を聞いて、 クプクプが否定する。

「そりゃダメですよ」
と、クプクプが口をはさんだ。
「だって、ここの人食い土人はとっても文明的だもの。彼らは料理学校から原子力研究所までもってるんだよ。(中略)」
「にぶいなあ、あなたは」
と、クプクプはため息をついた。
「相手はあなたよりよほど文明的なんですよ。原子力まで知ってるらしいんですからね。」

私は、原子力は文明の象徴ではない、と思っている。

最後を読んで、私は筒井康隆のあるドタバタ短篇を思い出した。ただ、その短篇の題名が思い出せない。筒井康隆の作品もまた、少しずつ読みたい。

書誌情報

書名船乗りクプクプの冒険
著者北杜夫
発行日2009 年 6 月 6 日 改訂新版 第2刷
発行元集英社
定価438 円(本体)
サイズ
NDC 913.6
ISBN978-4-08-746441-2
その他集英社文庫、草加市立図書館で借りて読む