フランソワ・デュボア:作曲の科学

作成日: 2020-09-01
最終更新日:

概要

副題は美しい音楽を生み出す「理論」と「法則」

全体的に

内容はよいと思うが、楽譜の浄書がつたない。致命的とさえいえる。 音楽における譜面の役割は、数学や物理における数式の役割に等しい(英文和訳っぽいが、あえていう)。 日本の市民は比較的自然科学の層が厚いと私は思っている。 その理由に、ブルーバックスシリーズがはたしている役は大きい。 数学や物理のブルーバックスでは数式を正確に、美しく植字されていることを誇りに思う。 さて、音楽を扱ったこの本はどうだろうか。まず、美しくない。そして、譜面の誤りがある。

まず、なぜ、本書の譜面は美しくないのか。少し調べてみると、 五線譜の隣り合う線の間隔がページによって違うことに気づいた。 その理由を考えると、おそらく横幅を一定にしようとして、また縦横比も一定にしようとしたために、 無理が生じているのだと思う。

そして誤りが少なくとも2点ある。まずは 4-23 である。以下は固定ドで記す。

この項では I-vi-ii-V を説明しているが、まず左側のコード進行における V のコードが誤っている。 符頭が第一間と下第一間、下第二間に配置されているが、 まず、下第一間の符頭を加線である下第一線が貫いているのが誤りであり、 同様に下第二間の符頭を加線である下第二線が貫いているのもまた誤りである。 以上は譜面上の誤りである。 譜面上を訂正するだけなら下第二線を消し下第一線を下第一間の符頭と下第二間の符頭にはさむようにすればよい。 しかしこのように訂正したところでこれは V のコードではなく、VII のコードである。

次に右側のコード進行は、冒頭がレになっているが、もちろん正しくはドである。 末尾はドとミの和音になっているが、これももちろん正しくはシとレである。

これらを考慮した、正しい(と私が考える)表記は次の譜面である。

次に 4-24 である。おかしなところはどこか。

どちらも V の和音のファの符頭の位置がおかしい。上記のファとソの関係のように、 二度の音程が出てくる和音であっても、どちらも符尾に接するように浄書する。 上記のように符頭に隣接してさらに符頭を重ねる浄書は見たことがない。

正しくは次の通り。なお、上段と下段で小節の幅が不揃いなのは、楽譜浄書システム abcjs の仕様(バグ?) である。ご寛恕を乞う 次第である。

この本をどう評価するか

私は、クラシック音楽について書かれている書籍で、 フォーレスカルラッティの双方について言及されていれば〇、 いずれかについて言及されていれば△、 どちらにも言及がなければ×と評価することにしている。 この本はフォーレもスカルラッティ双方が出ているので〇である。 ただ、スカルラッティはその名が出ているだけであるなので〇より少し劣るだろう。 スカルラッティがどのような文脈で取り上げられているかみてみよう。 マリンバ奏者である著者は、 マリンバソリスト一本で活躍する夢がかなったのだが、 そのころを pp.12-13 から引用する:
「バイオリンとしょっちゅうデュオを組んで、スカルラッティやパガニーニ、 リストらの編曲をひんぱんに演奏していました。 しかし、いつまでもそれらのレパートリーにとどまっているわけにはいかず、(後略)」

モードについて

本書の特徴は、作曲時の意識として長調と短調ではなく、 むしろモードを意識せよと説くことにある。ここでいうモードとは、教会旋法のことである。 長調と短調はモードの一種とも思えるが、短調は教科書的分類では自然的・旋律的・和音的とあってややこしい。 それであれば短調をエオリア旋法=ラのモードで代表させて、モードの一つとして説くのもいいだろう。

ただ、モードの例として挙げてある曲がちょっと不親切という気がする。 たとえば、リディア旋法=ファのモードの例として、クラシックの曲を以下挙げている。

「ドイツ音楽の父」とよばれるハインリヒ・シュッツが書いた「ルカ受難曲」に始まり、 日本でも CM でよく使われてきたショパンの「英雄ポロネーズ」や「3つのマズルカ」、 シベリウスの「交響曲第4番」、ムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』の第3幕の楽曲、 プロコフィエフの交響組曲「キージェ中尉」などがあります。

これだけでは情報不足だと思う。ショパンの英雄ポロネーズだが、 ファのモードを明確に使っているところはないはずだ。 序奏が終わった後の主部は確かに As Dur に対する D が多く登場出てくるが、 これは Es の刺繍音としての和声外音で、ファの旋法としてとらえるのは困難だろう。 また、ショパンの3つのマズルカについては、このようなタイトルの作品番号は、 Op.50, Op.56, Op.59, Op.63 の4組もある。 わたしはマズルカにも疎いのでどの作品番号のどの曲にファのモードが使われているかわからない。 そして、この3つのマズルカ以外にも、ファのモードが使われている曲がある。 たとえば、4つのマズルカ Op.68 から第3曲の 37 小節からのメロディーがその例である。

書誌情報

書 名作曲の科学
著 者フランソワ・デュボア
発行日2019年9月20日(第1刷)
発行元講談社
定 価1000円(本体)
サイズ新書判
ISBN978-4-06-517282-7
その他越谷図書館南部図書室で借りて読む。

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MARUYAMA Satosi