辞書の編集に持てる力を注ぎこんだ人たちの物語。
この小説は本屋大賞の名前とともに話題になった。2012 年のことである。たまたま勤務先にあったので借りていまさらながら読んでみた。 今読むと、おもしろい発見がある。まず、「忖度」。このことばが何か所かで出てくる。たとえば、p.186 、長年辞書編集部にいる馬締と、 最近辞書編集部に配置換えになった岸辺とのやりとりの部分だ。岸辺は辞書編集部に来て自分の役割を見失っていた。 せめて何かできることをということで書棚を整理すると、秘密の書類が見つかった。それは馬締のラブレターだった。 このラブレターを読み終わり、馬締への共感が生まれたところで、岸辺の思いが次のように続く。
辞書を作るって、案外楽しくて大変な仕事なのかもしれない。
ラブレターを通し、岸辺は馬締をやや身近に感じることができた。辞書編集部に来てはじめて、前向きな気持ちになった。
馬締は岸辺の内心の変遷など忖度せず、下手な演技にあっさりだまされている。
「おや、風邪ですか」
「ええ、ちょっと。言い忘れたことって、なんですか」
(後略)
森友学園の忖度に比べて、ずっとやさしい。
その後、岸辺は馬締に対して意見を述べるようになる。【愛】の語釈について、p.199 で次の会話が展開される。
(前略)
岸辺は勝ち誇り、胸を張った。「さらに変なのは、恋愛的な意味での『愛』について説明した、②の語釈です。 『②異性を慕う気持ち。性欲を伴うこともある。恋。』となっていますよね」
「何かおかしいでしょうか」
馬締はすっかり自信をなくした様子で、岸辺の顔色をうかがってくる。
「なんで異性に限定するんですか。じゃあ、同性愛のひとたちが、ときに性欲も伴いつつ相手を慕い、大切だとと思う気持ちは、愛ではないというんですか。」
「いえ、そんなつもりはありません。しかし、そこまで細かく目配りする必要が……」
「あります」
岸辺は馬締の言葉をさえぎって断定した。(後略)
このやりとりを読んで、最新版の広辞苑で LGBT の語釈が話題になったことを思い出した。
書 名 | 舟を編む |
著 者 | 三浦 しをん |
発売日 | 2011 年 9 月 20 日(第1刷)、2012 年 4 月 20 日 (第12刷) |
発売元 | 光文社 |
定 価 | 1500 円 (税別) |
サイズ | 259p ; 20cm |
ISBN | 978-4-334-92776-9 |
その他 | 勤務先で借りて読む |
NDC | 913.6 : 小説. 物語 |
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