阿部筲人:俳句―四合目からの出発

2002-04-01

概要

初心者にありがちな俳句の欠陥をこれでもかというほどに暴く書。目次は下記にある。
『俳句――四合目からの出発』(阿部筲人 講談社学術文庫 1984//1967)(contents-memo.hatenablog.com)

章わけについて

上記の章分けを見てもらえると、文節の単位がわからない。通常の書籍では、章・節・項(小節)などのように分かれていて、章より大きな単位で部を当てることはある。 ところが本書は序の章と終わりの章があるだけで、中は章ではなく部で区切られている(第一部が「俳句の両面」、第二部が「俳句の道」)。そして部をさらに区切るのが節である。この節は第一部と第二部合わせて計七節ある。 それとは別に【】でくくった、作品傾向の分類がある。この分類がときどき散らばっているのが難点だ。たとえば、【セロファン俳句1】が p.103 以降にあり、かつ【セロファン俳句2】が p.267 にある。わざわざ分かれているのはなぜだろう、 と思ってしまう。

外国語俳句

本書の p.292 から引用する。この前の節では、俗語の用い方について警鐘を鳴らしていて、今回は外国語の濫用を戒めている。なお、引用に当たってはフリガナを省略した。

外国語は俗語以上に、俳句を俳句らしさから遠ざけます。(中略)

藁屋に「アンテナ」触角のごと春を待つ

昼は孤独な社宅アンテナの触角のび

実は私は誰かこんな事をやらんかしらと考えていました。前句は著名な俳人、後句は尖鋭な俳誌の同人欄にありました。 アンテナは、動物学で触角そのものの意、それを無電工学に利用しただけです。言葉をおうむのように用いるから、こんなことになりました。比喩になりません。

夕映に波うつ大地「メーデー日」

これもやりそうな事でした。(後略)

「メーデー日」はわかりやすい。メーデーは May Day だから、日を付けるのは重複しているということなのだろう。なお「無電工学」の「無電」とは、無線電信や無線電話、無線伝送の意味。 現在ならば「無線工学」というところだ。

大家でもやっつける

本書では、素人はもちろん、俳句の大家でも平気でやっつけている。p.272 から以下引用する箇所では、芭蕉に文句を言っている。

実は俳句では泣いていけないので、じっと歯をくいしばっているのが、俳句の泣き方であります。 芭蕉の句の「塚も動けわが泣く声は秋の風」の作が人々の激賞するところであっても、これは俳句的泣き方に非ず、芝居の見せ場の所作であります。巧妙であっても、人を感動させません。 「私は泣いている」と他人にいう時は、必ず泣いていない時です。

ほとんどやっつけてばかりで、自分の言動を反省している箇所はほとんどない。それでも、数少ない自身の反省箇所はある。p.182 から引用する。

昔、私が「和牛の斑」という語を用いた所、畜産専門の親戚 ‐ これは俳句を知りません ‐ に、和牛は黒い牛で、白黒斑はホルスタインなどの洋種だと指摘され、ペシャンコになりました。

影響

本書を最初に読んだのは二十歳代のころだったと思う。ことばについてで明かしたとおり、バカなプログラムを作ってしまったことがあった。

そのバカなプログラムの再現として、俳句創作支援システム「四合目」を作ってみた。

本書の表紙(表カバー)には、姓名の名「筲人」の最初の文字の竹冠の下が「肖」のようになっている。 つまり、中棒の脇の左右が下に向かって「ソ」のように閉じる向きとなっている。 しかし、裏表紙(裏カバー)や扉、奥付などの表紙以外の箇所は、すべて「筲人」のように竹冠の下が「小」と「月」が連結された形となっている。 つまり、中棒の脇の左右が下に向かって「ハ」のように開く向きとなっている。

書誌情報

書名俳句―四合目からの出発
著者阿部筲人
発行日1999 年 4 月 20 日 第 26 刷
発行元講談社
定価1200 円 (税別)
サイズ
ISBN978-4-00-004241-6
その他講談社学術文庫。以前買ったが処分した。その後草加市立図書館で借りて読む