斎藤 美奈子:誤読日記

作成日:2013-07-10
最終更新日:

概要

著者が週刊朝日と AERA に載せた書評をまとめる。

齋藤孝『声を出して読みたい日本語』

あるとき、ベストセラーとなった『声に出して読みたい日本語』に対する書評を読んだ。 評者はだれかは忘れてしまったが、その書評が面白かった。 暗誦ものになぜ例の神武、綏靖、安寧、懿徳……がないのか、 受験の「ひとよひとよにひとみごろが」をとりあげていないのか、 こんないちゃもんやいいがかりをつけた書評家は初めてだった。誰だったかと気になっていた。

あるとき、ふらりと入った書店で斎藤美奈子の「誤読日記」を買って読んでいたら、 p.337 にこの書評を見つけた。ついに巡り会えた。生きていてよかった。

斎藤美奈子が因縁をつけていたのは次の3点だった。第1に、文学青年が不在なこと。 第2に、受験の暗誦文化が不在なこと。第3に、戦前のアレが不在なこと。

第1の文学青年については、「山のあなたの空遠く、『幸』住むと人のいふ」や 「ミラボー橋の下をセーヌ河がながれ われらの恋が流れる」を挙げている。 俺はどうだったかな。前者は海潮音だったかな。「山のあなたの……」は覚えたが、 「山のあなあなあな」で有名な「授業中」は聞いていないな。ミラボー橋は知らん。 俺は文学青年じゃなかったからな。

第2の受験の暗誦文化が不在なこと。これには大いに賛同する。

以下は俺の勝手な感想だ。 国語でさえ「がのをにへとからよりでや」 (現代日本語の格助詞)、「ありをりはべりいますがり」(古文の特殊な活用4種) などがあった。数学は、斎藤美奈子が「ひとよひとよにひとみごろ」を取り上げている。 なぜ平方根だけ暗記の対象になるのかわからないが、まあそうだ。あとは円周率のごろ合わせもある。 「産医師、異国に向かふ」や「身一つ世一つ生くるに無意味」とかなかなかの名作だ。英語の、 “Yes, I have a number ”は日本語暗誦文と比べて底が浅い。 あと覚えなければいけなかったのは常用対数 log102 やlog103 だった。 今は覚えなくていいのかな。自然対数の底 e は 2.718 程度しか覚えていない。 社会は歴史がごろあわせの宝庫だ。俺は歴史が嫌いだったが <以後よく(1549)広まるキリスト教> ぐらいは覚えているぞ。理科は斎藤美奈子さんもいっているが「水兵、リーベ、ボクノフネ」が定番だ。 他にも周期律表はエッチなごろ合わせがゴマンとある。 英語は単語のごろ合わせもあれば特殊な単語のグループを強引に覚える暗誦文化もある。 後者は、目的語に不定詞を取らず動名詞しか取らない動詞の一群で< メガフェプス>と呼ばれる。 <メガフェプス>は、対応する頭文字の列が MEGAFEPS であること、 それからさらにそれぞれの動詞を思い出さないといけないので難度が高い。

第3の戦前のアレには、不敬ながら笑った。 実際に戦前教育を受けた人に、冗談半分で天皇の系図を言えますかと聞いたところ、 ジンム、スイゼイ、アンネイ、イトク、とすらすら出てきたのにはびっくりした。 その後当然ながら出てこなくなったが、「あれおかしいなあ、言えたのになあ」には心底驚いた。 教育勅語について聞くことすらできなかったのは当然だ。 俺はそのパロディー(のいいかげんな自分の脳内変化である)「朕思うに屁を垂れて、汝臣民臭かろう」 しか覚えていない、あっ、「夫婦相和し」が「夫婦は鰯(イワシ)」に聞こえて笑いそうになった、 という人がいたことも覚えているな。

まあ、暗誦というのもよくわけがわからないところがあって、 さきほどの<メガフェプス>も結局どの動詞がこの<メガフェプス>に属するのか、 それどころか<メガフェプス>とはそもそもどんな動詞の一群だったのかすら忘れてしまう。

俺は昔、スリランカの首都を「スリジャヤワルダナプラコッテ」と覚えていた。 覚えた当時は意味を込めて覚えていたが、 徐々に音のかたまりだけが残り、意味は揮発してしまった苦い思い出がある。 Wikipedia によれば、スリは「美しい」、ジャヤワルダナはスリランカの第2代大統領の名前であると同時に、 <勝利をもたらす>の意味もある。 プラは都市、コッテはもともとの街名である。

書誌情報

書 名誤読日記
著 者斎藤 美奈子
発行日
発行所文藝春秋
定 価829円(本体)
サイズ文庫版
ISBN 978-4-16-777305-2
その他文春文庫

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MARUYAMA Satosi