佐々木 裕之:エピジェネティクス入門

作成日 : 2012-12-24
最終更新日 :

概要

遺伝学で注目されている分野、エピジェネティクスについての簡潔な説明。

読後感

副題に「三毛猫の模様はどう決まるのか」とある。 この模様が決まるしくみがエピジェネティクスという仕組みにあるようだ。 この本では、2ページから3ページにかけて、エピジェネティクスとは 「DNA の配列には変化を起こさないで遺伝子の機能を調節する仕組み」と説明されている。 あるいは「遺伝子の働きを抑える仕組み」と考えてもけっこうだ、というただしがきもある。 ここでは、定義に続いてアサガオの絞り模様や三毛猫の模様について簡単に解説されている。

その後、エピジェネティクスの根幹に入っていく。遺伝とはどういうことか、 遺伝情報はどのように伝達されるか、遺伝情報が顕在化するか(発現するか)どうかはどうして決まるか、 などについて解説される。

いよいよエピジェネティックな機構についての具体的な説明が p.25 から始まる。 ところが私はここで挫折する。 DNA のメチル化? DNA はデオキシリボ核酸で遺伝子の本体だからいいとして、 メチル化ってなんだ?メチルアルコールのことか? 高校では化学は得意だったが大学では落ちこぼれたからこれ以上のことはわからない。 そして化学修飾を受ける?クリスマスみたいに花輪でも飾るのか?

自分なりに考えてみよう。まず、遺伝子情報は4つ組からなることを押さえよう。 アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)である。 このうちのシトシンにメチル化反応というのが加わることがある。 メチル化というのは、H しか出ていないところが CH3というメチル基に置き換わってしまうことだ。 この反応は、この本では次のように解説されている。

DNA メチル化は、S-アデノシルメチオニンという物質をメチル基の供与体とし、 DNA 中の C (シトシン)にメチル基を転移させ、5-メチルシトシンに変換する化学反応です。 この反応は DNA メチル化酵素によって触媒されます。

わたしなりに解釈すれば、こういう日本語になる。 DNA のメチル化とは、S-アデノシルオメチオニンからアミノ基を奪って DNA にくっつけることである。S-アデノシルオメチオニンはアミノ基を奪われると 5-メチルシトシンという物質になる。 このメチル化反応は、DNA メチル化酵素という触媒によって進行する。

その後、大事なこととして、メチル化されてしまった DNA は転写をうけなくなる、 ということが説明されている。そして、このメチル化は絶妙なタイミングで脱メチル化することで、 いろいろな細胞の分化が進んでいく、ということなのだそうだ。

いろいろな形質の発現が、エピジェネティックスで説明できそうだが、 結局形を変えた言い換えに過ぎないのか、さらに深く生命の謎を追求できるのかは、 これからの生物学の進歩にかかっている。

ES 細胞と iPS 細胞

この本では ES 細胞について、pp.80-81 で触れられている。ES 細胞とは胚性幹細胞(Embryonic stems cells) の略称で、動物の発生初期段階で作られるある種の細胞株のことである。 ES 細胞は理論上すべての組織に分化し、増殖させることができる。 この ES 細胞や患者本人の組織幹細胞を使って、 移植用の組織片を作り出す医療は幹細胞治療と呼ばれる。 この治療において、組織片が正しく目的とした細胞に分化しているか、 異常が起きていないかを調べるためにエピジェネティックな手法が使われるという。

以前は ES 細胞が大々的に取り上げられていたが、ファン・ウソク氏の不正行為によって研究が下火となった。 代わりに、というのもおかしいが、山中伸弥氏らが体細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞、 induced pluripotent stem cells)を樹立 (このことばを使うらしい)することに成功した。この iPS 細胞は爆発的ブームとなっている。 けさの新聞を読んだら、文部科学省の役人は、生物学の科学研究費申請では iPS 細胞という文字をくっつけろ、 と研究者に言っているのだそうだ。そうすればお金が取れる、とのことらしい。

確かに、ES 細胞は受精卵かそれに近い細胞を必要とするのに比べ、 iPS 細胞はもとの細胞は皮膚の細胞などでもよいので、ES 細胞に比べて倫理的な問題はかなり軽減される。 しかし、どちらも多様な種類に分化できる細胞でもあるし、 相互の比較やさらなる他の技術との交流も必要だろう。 このエピジェネティクスという概念を知って、生物学の進歩とそれに関係する畏怖を知った。

書誌情報

書 名 エピジェネティクス入門
著 者 佐々木 裕之
発行日 2005年 5 月
発行元 岩波書店(岩波化学ライブラリー)
定 価 1200円
サイズ 92p, 19cm
ISBN 4-00-007441-5
NDC 467.3 遺伝学
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まりんきょ学問所読んだ本の記録佐々木 裕之:エピジェネティクス入門


MARUYAMA Satosi