吉岡乾:フィールド言語学者、巣ごもる。

作成日:2024-03-26
最終更新日:

概要

パキスタン北西部からインド北西部にかけての言語を調査する学者の随筆。

感想

難しい漢字

難しい漢字が使われていて困った。それはともかく、いくつか読んでみた感想である。

p.157 から引用する。同じ本のいろいろな言語に翻訳されたものを著者が眺めていたときの感想である。

翻訳作品でこれまた注目したいところは、言語ごとに使う音、区別する音が異なっているという点である。その結果、借用語は借用前の語と発音が異なることになるのだ。 例えば、「イヤホン」「テレホン」「スマホ」とか、駅の「ホーム」とか、「チケット」とか、「ゼリー」とか、曾て日本でも活躍していたサッカー選手の「エムボマ」氏とか、 日本語の音の再現性の低さを遺憾なく発揮していて痺れる。

とつぜん「エムボマ」が出てきて驚いた。そういえば、職場で、関西出身の N1 さんが「N2さんに、<エムボマ>と言ってみたら、きっと怒ると思うよ」と私にけしかけたことがあった。 N2 さんに試しに言ってみたら、たしかに N2 さんは(笑いながら)怒った。N2 さんは J リーグの横浜マリノスのファンだ。N1 さんも N2 さんも、 ガンバ大阪所属のエムボマにマリノスが苦しめられたことが頭にあったのだろう。

Wikipedia によれば、エムボマ(Mboma) は「ンボマ」と発音するのが正しいがフランスでM'bomaと綴られたためエムボマと誤読されたという。 そういえばアフリカでは「ンジャメナ」というチャドの首都がある。こちらは N'Djamena と綴る。どうでもいいことだが、イタリア出身の作曲家、スカルラッティはのちにスペインに移住することになるが、 スペインでは「エスカルラッティ」と呼ばれていた。スペインでは無声音の s で始まる語はないので、外来の無声音の s で始まる語は初めにすべて e の音を付け加えるのだという。

p.163 から引用する。ハワイ語の言語音の種類が少ないことを具体的に示した後で、日本語の例を挙げる。

近年はおじいちゃんもおばあちゃんも「デズニーランド」とか、「フエルト」とか、「スパゲチー」とか、「テッシュ」とか、「フイルム」とか言わなくなっちゃったもんなぁ。 ビルヂングも町から消えつつあるし、キヤノンやキユーピーやキヨーレオピンも、発音はキャノンやキューピーにキョーレオピンだ(図 15)。ヒロポン(Philopon)も今なら「フィロポン」と書かれるだろうし、 ヒューズ(fuse)も「フューズ」って書きそうだ。

おっしゃる通り、老人である私もさすがに「デズニーランド」とは言わない。ただ、「テッシュ」は気を抜くといいそうな気がする。ここにはないが「デスコ」もつい言ってしまうかもしれない。なお、 作曲家の「フォーレ」はさすがに「ホーレ」と言ったことはない。図 15 のキャプションは「ビルヂング」・「キユーピー」である。ビルヂングの例は大名古屋ビルヂングの写真である。 昔、初代の大名古屋ビルヂングのころ、新幹線が名古屋駅に着くと、私は外を見てそこに「大名古屋ビルヂング」の看板を見て妙に安心したことを覚えている。 なお、大文字で拗音を表す例には、他に「オンキヨー」がある。

そういえば、日本語をローマ字に変換する方式のうち、いわゆる訓令式が変更されるかもしれないというニュースがあった。訓令式だと「ふ」は hu だが、ヘボン式では fu になるぐらいのことしか知らない。

p.170 から引用する。著者は英語の授業が嫌だったことを明かし、こう続けている。

テストでも、英文が示されて、「第何文型か答えろ」などと問われる。どれが主語でどれが目的語でなどと分かっても、はて、SVOOが第何文型かがわからなければ、正解できないのである。 案の定、SVOO文型と書いてペケを貰った。余計に英語の授業が嫌いになった。(後略)

これはさすがにペケをつけた教員が悪い。だいたい、カテゴリカルデータに関して、1、2、3・・・という数字を振るのが気持ち悪い。その意味で、ドイツ語の(日本の)文法書で、 1格、2格、3格、4格という格があるのが私は許せない。主格、属格、与格、対格でいいと思う。まあ、こう思うのは私だけか。

あとがきを読んだ。p.271 から引用する。

さて、折々に、日本語っぽいんだけど、 耳目に馴染みのない語句がちりばめられていると感じた方もあったかも知れない。注釈を付けているものもあれば、敢えて付けていないものもある。なので、 もしも、日本語であるにも拘らず奇妙に思えた表現に出くわしたら、ぜひともググってみて欲しい。例えば、「後方づら」って何だろう、とかだ。 そしてついでに、そのググった先からもう一歩、言葉だろうが何だろうがどの方向へでも良いから、調べ進めてみて欲しい。

わたしは、「後方面」を調べてみた。ただ、グーグルは嫌いなのでまず Duckduckgo を使ったが、「後方面」そのものの記述はなかった。それらしいのは「後方彼氏面」だった。 ひょっとしたらグーグルではあるかもしれないと思って Yahoo やグーグルも使ってみたが、やはり「後方面」そのものの表現はなかった。まあ、きっと「後方彼氏面」の省略形、 あるいは男女を問わず使える表現に敷衍された表現だと思うことにしよう。もしそのような表現だとしたら、面白い。

書誌情報

書名 フィールド言語学者、巣ごもる。
著者 吉岡乾
発行日 2021 年 6 月 20 日(第一版第一刷)
発行元 創元社
定価 1800 円(本体)
ISBN 978-4-422-39005-5
その他 川口市立図書館で借りて読む

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MARUYAMA Satosi