§180 <動詞 + 前置詞>

作成日:2010-08-22
最終更新日:

英語で泣かされる<動詞 + 前置詞>

英語にはこの種の<動詞 + 前置詞>が山ほどあり、組み合わせで思わぬ意味になる。 私はこれに泣かされた。そして泣いたのは私だけではないと思いたい。

この文法の本で挙げられているのは look forlook afterがある。 私が思い出すのは put に関する次の組み合わせである。

私は、左の put と前置詞の組み合わせより、右の長い一つ一つの単語を覚えるほうが楽だった。 自分でも不思議に思っていたが、その理由を説明してくれた文章に出会った。 副島隆彦の「道具としての英語 しくみ編」から引用する。

例えば,look up toは「尊敬する」の意味だが, これを一言で言えば admire であり, 反対に look down on 「軽蔑する」は, 一語で言えば despiseである。
(中略)
これまでの実用英語の本には,なるべくたくさん熟語を覚えさせようという意図のもとに, 熟語をズラズラとわけもなくただ列挙してあるような本がたくさんある。 熟語は,覚えやすいようでいて, じつは覚えにくい。 しかも,何よりも,いざしゃべろうと思うとき口から出てこないのだ。 なぜか。それは,熟語の一部を構成している前置詞・副詞, 例えば上の例でいえば up とか downのような副詞あるいは前置詞(私の説では後位詞)が, 日本人の語感では自然にとらえられないからなのだ。 前置詞は,きわめて英語的な品詞である。 本来は動詞の接尾辞の一種であったものが離れ出て徐々に自由に動き出して, やがて副詞と同じくらいの勝手気ままな意味を持ち出したのである。

私から補足する。A と B を組み合わせたとき、A と B の意味が保存されて類推が聞くのであれば、 A と B の直交性が高い、という。英語では<動詞+前置詞>の直交性は(日本人には)低い、ということだ。

ドイツ語の分離動詞

ドイツ語にある分離動詞とは、英語とはまた違った味わいがある。 分離動詞とは、基本的な動詞と前置詞のような付加的な語が合体して、新たな意味をもつ動詞である。 文型によって、合体したり分離したりする。

ankommen というドイツ語は到着するという意味がある。これは分離どうして、接触を表す an という前置詞と、 「来る」を意味する kommen が合体した動詞である。文型によって分離したり結合したりする。

到着するの対義語は出発するであり、ドイツ語ではやはり分離動詞で abfahren を使う。 ab は分離を表す前置詞だからよい。問題は fahren で、こちらは乗り物を使って行く、というイメージだ。kommen と対で考えられるのはふつう gehen だから、 困ってしまう(もちろん、abgehen という分離動詞もあるが、出発する、というニュアンスではない)。

ドイツ語の分離動詞理解時の直交性は高いのだろうか。調べたことはない。

エスペラント

エスペラントは、動詞が前置詞や副詞と合体して新たな動詞になることがある。ドイツ語とは異なり、 文型にかかわらず合体したままだ。次は、上と同じ意味のエスペラントである。 al はドイツ語の an や英語の to に相当する到着した場所を表す前置詞、 veni は(不定詞)で「来る」を表す。

面白いには「…に到着する」というときは al を使うことだ。つまり、動詞の付属部分の al と前置詞の al が出てくる。

エスペラントの「出発する」は ekiri や ekveturi を用いる。ek は分離というよりは動作の開始を表す接頭辞で、 iri の場合はふつうの「行く」、veturi は ドイツ語の fahren と同じく「乗り物を使って行く」を表す。

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MARUYAMA Satosi