フォーレとソナタ

作成日 : 2003-06-16
最終更新日 :

1. T 氏による問題提起

私がフォーレの曲にのめりこむきっかけを作って下さった方は何人もいる。 その何人もの師匠のなかで、とりわけ私が尊敬して止まない T 氏がいる。 この T 氏と最近フォーレの作品について語り合った。

T 氏とフォーレ談義をしている中で、 気になる話題があった。それは、「なぜフォーレはピアノソナタを書かなかったか」 という問題である。

もとより、フランスの大作曲家達は、ピアノ・ソナタというものを書いていない。 ラヴェルのソナチネは、ぎりぎり入るだろうか。 私がすぐに思い出せた作曲家は、ポール・デュカスとアンリ・デュティユー、 ピエール・ブーレーズだけだった。 一方でフランスの大作曲家達は、室内楽の傑作をソナタという形で残している。 すぐにわかるだけでも、フォーレはもちろん、ドビュッシー、ラヴェル、 プーランクといる。 これら、ピアノソナタを作らなかった作曲家の中で、 ピアノソナタを作る資質が最も高かった作曲家はフォーレだったといえる。 では、なぜそういえるのか。そして、なぜフォーレはピアノソナタを書かなかったのか。

2. 私のいいかげんな回答

フォーレは、フランスの作曲家の中でピアノソナタを作る資質が高かったのではないか、 と私は思う。その理由について考えたのだが、まだぴったりした答が見つからない。 一方で、なぜフォーレはピアノソナタを作らなかったのか、という問に対しては、 答えられそうな気がする。

一つは、名称の問題である。どういうわけかはわからないが、 楽器が2つの場合は、多楽章形式でソナタ楽章を含む複数の曲が「ソナタ」と名付けられる。 これが3つ以上になると、トリオ、クヮルテット、クインテットという名前になる。 どういうことかというと、楽器が2つ以上あれば、純粋な器楽曲を表す名称が付けやすい。 ところが、楽器が一つの場合は、楽器が一つであることを表す純粋な器楽曲としての適当な名称がない。 そこに、ピアノ単独曲としての位置の難しさ、落ち着きの悪さを感じたのではないか。

しかし、上記の意見はおかしい。なぜなら、フォーレは2つの楽器からなる器楽曲では、 「ソナタ」という名称を使っているからだ。そして、フォーレはもとより、他の作曲家も 楽器が2種類であることを強調する「デュオ」という名称より、「ソナタ」が好んで用いている。 それに、楽器が1つだけでも「ソナタ」は使えるではないか。

そうなると、もう一つ考えられることがある。 構成を強固にするための手段として、 2つ以上の楽器からなる音色の変化がフォーレにとってはぜひとも必要だったのではないか、 ということである。 特にソナタ形式のように第1と第2の二つの主題の提示と展開を必要とする形式では、 単一楽器の曲想の違いだけではソナタ形式を採用するのが困難だと思ったのではないか、 という考えである。

この仮説が正しいかを調べるため、ある調査をすることにした。詳細は後ほど明らかにする。

3. 主題の提示形態調査

フォーレの書いたソナタ形式の曲について、私はある仮説を立てた。 「第1主題と第2主題では、旋律を担当する楽器が異なる」 どうしてこんな仮説を立てたか説明しよう。 ソナタでは音色の対比を2つの主題提示部で行なうことによって、 その後の展開と再現を効果的なものにしたいとフォーレは考えたに違いない。 ピアノソナタでは音色の対比ができないから、 フォーレはピアノソナタを作らなかったのだ。

かぎかっこ内の仮説が正しいとしても、 フォーレがピアノソナタを作らなかった理由としては弱いだろう。というのも、 音色の対比は主題だけで行なわれるわけではないからである。 ともあれ、 10曲のソナタ、トリオ、四重奏、五重奏の第1楽章では、 どのように主題を提示しているのだろうか。作曲年順に並べた。

名称第1主題第2主題
ヴァイオリンソナタ第1番ピアノ独奏後、ヴァイオリンヴァイオリン
ピアノ四重奏曲第1番弦ユニゾン弦受け渡し
ピアノ四重奏曲第2番弦ユニゾン弦受け渡し
ピアノ五重奏曲第1番弦受け渡し+ユニゾン弦対位法
ヴァイオリンソナタ第2番ピアノ独奏後、ヴァイオリンヴァイオリン
チェロソナタ第1番チェロピアノ+チェロ
ピアノ五重奏曲第2番弦受け渡し弦対位法
チェロソナタ第2番ピアノ+チェロピアノ
三重奏曲弦受け渡しピアノ
弦楽四重奏曲弦受け渡しヴァイオリン

ここでの提示の記述は極めて大雑把であるので、精密な分析には向かない。 しかし驚いたのは、ヴァイオリンソナタ、ピアノ四重奏曲、ピアノ五重奏曲において、 主題の提示方法が2曲で極めて似ているということだった。 ピアノ四重奏曲は作曲年代が近いことから想像が付くが、 前期と後期の好対照として取り上げられる2曲のヴァイオリンソナタにおいても、 提示方法が同じであったとは。

さて、仮説の検証はというと、明確に楽器の区別ができているのは三重奏曲だけである。 弦楽四重奏曲はピアノがないので除いて考える。 ソナタ形式においてはいずれの主題の提示にも弦を使っていて、 ピアノを独立しては使っていない。もっとも、 チェロソナタ第2番では第2主題がピアノ独奏であるが、 この曲では第1主題もピアノが先に提示し、チェロが模倣するしくみだ。 ゆえに、三重奏曲を除けば主題の提示は、弦とピアノとの対比にはよっていない。 つまり、仮説は正しくなさそうだ。 むしろ、同質の楽器である弦楽器によるメロディーの提示によって、 フォーレはソナタを書いていることがわかった。

ということは、次のようにいえるのではないか。 フォーレにとってソナタとは、異質楽器の組合せは必要なかった。 弦楽器こそが必要だった。考えてみれば、その結果として弦楽四重奏曲ができたのだから。

しかし、ここまで来ても、 「ではなぜ、フォーレはピアノソナタを書かなかったか」という質問には答えたことにはなっていない。 では、こう考えてみよう。 「もしフォーレがピアノソナタを書いていたら、どんなものになっていただろうか。」

4. もしもピアノソナタがあったとしたら

もしも、ということにしておけば簡単である。もっと長生きしていれば、 フォーレはピアノソナタを書いたはずだ、ということにしておけばよい。 想像するのは楽しいことだ。

きっとフォーレは、 もっと長生きしたら「ソナタの技法」と称して純粋室内楽を沢山作ったに違いない。 この「ソナタの技法」とはもちろんバッハの「フーガの技法」のもじりだ。 そして、フォーレのライバルであるドビュッシーが、 生涯の最後に6曲からなるソナタ群を残そうとしたことも念頭においている。 このように言い切る根拠は何があるのかというと、何もない。 ただ、状況証拠をいくつか積み重ねることはできる。

まず、形式としてのソナタを考える。 たとえば、この弦楽四重奏曲(第1楽章)の世界は、ピアノ曲である夜想曲第13番(特に前半部分)や 同じくピアノ曲である前奏曲集のいくつかの世界と通い合っている。 私は昔、弦楽四重奏曲(第1楽章)をピアノ譜に直してよく弾いていて、何の違和感もなかった。 まさにこれは、バッハの「フーガの技法」を思い起こさせる。

そして、夜想曲13番の中間部、あるいは前奏曲第2番、第5番、第8番などの急速な楽章は、 そのままスケルツォ、あるいは終楽章としての形を持っているといえないだろうか。

緩徐楽章も、前奏曲のいくつかが該当しそうだ。

従って、フォーレがピアノソナタを書かなかったのは、ある特定の強い意思のためではなかった、 という結論にしたい。後味がよろしくないが、このように考えるのもいいと思う。 (2003-06-24)

付記:ピアノ独奏曲である夜想曲第13番は A-B-A 形式と考えられる。しかし、 中間部 B は A の二つの主題を用いて展開されていることから、 強引ではあるがソナタ形式と考えてもいいのではないか。ただこの強引な案も、 後期の室内楽に特有な主題再現後の第2展開部がこの夜想曲にはないことから、 フォーレファンの適わぬ望みを解決する足しにはならない。(2003-06-25)

5. なぜヴィオラソナタがないのか

あるヴィオラ弾きの方からこの謎を提出された。そして、その謎の理由を、 その方自身も、そして私も考えた。それは同じ結論だった。 「フォーレは類例のない楽曲形態は採用しない」という理由である。 フォーレ以前、有名なヴィオラソナタの例はない。テレマン、メンデルスゾーン、 ヴュータンらはヴィオラソナタを作ったが、 これらは作曲家の代表作とはとてもいえない。 従って、類例がないといってよいヴィオラソナタで腕をふるうことは、 フォーレは考えていなかったといっていいだろう。 しかし、四重奏(特に弦楽四重奏曲)、五重奏でヴィオラが活躍する場所も多い。 ヴィオラファンは特に悲しむことはないと思う。(2010年、月日は未定)

6. もしピアノソナタを作るのだったら

今、フォーレの作品をソナタに仕立てるとなれば、 一番やりやすそうなのはチェロソナタの第2番だろう。 それでも難しそうではあるが、 かつてコルトーがフランクのヴァイオリンソナタをピアノソロ用に編曲している。 やってできないことはないだろう。 (2012-06-10)

7. フォーレのソナタ

5ch で知ったのだが、フォーレには未発表のソナタがあった。1863 年 4 月 6 日という日付がある。 3楽章形式で書かれたピアノソナタで、生前の発表は考えていなかったようだ。 ニコラ・スタヴィ(Nicolas Stavy)のピアノで初めて世に出た。私は聴いていない。 HMV による紹介 (www.hmv.co.jp) がある。 (2021-03-13)

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MARUYAMA Satosi