あと打ちのフォーレ

作成日 : 2000-02-05
最終更新日 :

1. フォーレのリズム

フォーレ研究家のロバート・オーリッジは、フォーレに関する著作の中で、 「フォーレにおけるリズムの重要性は、ドビュッシーほどはない」と述べている。しかし、フォーレの音楽の隠れた要素として、 リズムがもつ役割は大きい。特に私が気になっている、伴奏の「あと打ち」の問題について調べる。

2. あと打ちの曲の種類

伴奏のあと打ちというのは、拍の頭に伴奏(または低音部)の音がなかったり、 前の音のスラーにすぎない一方、裏に音が出てくることをいう。 フォーレの作品を聞いてくると、他の同時代の作曲家に比べてあと打ちの曲が多いのではないか、 また、彼の曲の中では特に後期にこの傾向が強くなるのではないか、そう思ってきた。 まとまっていないまま公開するのは気が引けるのだが、かまやしない、出してみよう。

3. 「あと打ち度」曲別分類(ピアノ曲)

あとうち度を曲別に分類した。次の程度は私の主観による。 分野、種別の欄でつけた番号は通し番号である。ただし、「主題と変奏」は変奏曲番号(0は主題)、 小品集第8曲は夜想曲第8曲として扱う。

分野種別
ピアノ曲夜想曲1,2,3,5,6,8,10,12,134,7,911
舟歌1,2,4,123,5,6,10,117,8,913
主題と変奏1,4,5,6,7,8,92,3,10,11
0
即興曲1,2,53,4,6
前奏曲2,6,7,841,3,59
ヴァルス・カプリス
1,2,43
無言歌21,3
小品集 4,5,6,71,32
組曲「ドリー」1,3,5,62,4

上表にはあげていないが、「バラード」は無、「マズルカ」は小、と判断する。 また、バイロイトの思い出は対象外である。 もちろん、歌曲や室内楽曲も分類を行う予定だ。

この横軸の程度が主観的であることも問題だが、それはひとまずおく。 なお、この「あと打ち」は低音部に着目しており、中音部や高音部は対象外としている。 その結果、中音部のあと打ちが多い無言歌第1番が「低」に分類している。 より定量的には、あと打ちの回数/小節数のような定義を持ち出すのもいいだろう。 また、中音部や高音部のあと打ちも考慮の対象とすべきだろう。

さて、私の仮説では「後期になるほど、あと打ちの曲が多くなる」というものだったが、 一面では当たっている。しかし、後期では前打ち、あと打ちのいずれの曲もある。 たとえば、舟歌の第12番と第13番はどちらも後期の作品である。 また、初期の「無言歌」と初期から中期にかけての「即興曲」、 後期の「前奏曲」を見ると、(標本数の多寡を考慮に入れても) リズムの多様性が見てとれるだろう。 また、今回は低音部のみに限った集約結果だが、中音部のあと打ちは初期からみられているようだ。 だから正確には、 「後期になるほど、リズムは前打ちもあと打ちもありと多様化していく。 また、初期のあと打ちは中音部に見られるが、時代とともにこれが低音部に移行する。 これはフォーレが音楽に対しての常識を徐々に打ち破っていく過程とみられる」 というべきなのだろう。 そして、このようにいうことによって、私がフォーレの曲に関して抱いているより大きい仮説、 「彼の音楽は初期から中期、後期になるにつれて進歩していった。 その進歩とはある一方向の変移ではなく、より多くの書法を獲得し適切に表現できたという、 多様性の発展である。」の検証材料になるのではないかと思っている。 (以上、2000-02-05)

やっとドリーのあと打ち度を判定した。連弾であることもあり、低音はほぼ拍頭にある。 第2曲と第4曲はあと打ちというよりヘミオラが多く使われていることが特徴である(2012-05-24)。

4. あと打ちのさまざまな様相

一口にあと打ちといっても、フォーレの場合多くの様相がある。逐一拾っていこう。

室内楽でいえば、まず、五重奏曲第1番の終楽章がある。 2/2拍子で前の拍には入らず後の拍に半拍*2が入る。 このため、下手をすると4/4拍子に聞こえてしまう。また、前の拍が弱拍と取られるかもしれず、 弱起の曲に聞こえる可能性も大きい。少なくとも私は、いつもそう聞こえてしまう。 そのため、リズムとメロディーが単調であるにもかかわらず、 この開始部分は緊張して弾かれるべき部分である。

ピアノ曲では舟歌にヘミオラと組み合わされてあと打ちがよく使われる。 第7番(6/4拍子)は冒頭で第1、第3、第4の各拍があと打ちとなるので、 少しぎくしゃくとした感じがあり、面白い。
第9番(9/8拍子)は、3拍を1かたまりと見て、 その1かたまりがまるまる休みとなるようなあと打ちになっている。すなわち、 小節の頭付点四分が休符になっている。 しかし、あるところから加速が付き、休符が付点四分から四分となり、 一旦あと打ちの部分がなくなってから十六分休符のあと打ちが出てくる。 このあたりから音楽に流れが生まれてくる。
第10番は4拍めのみに休符がある。この冒頭の沈み込み方は半端ではない。 渋さの極致であろう。この4拍めのみの休符というリズムは第11番でも最初にわずか使われる。 さすがにこのリズムで押し通すのは危険と判断したのだろう (2002,2,25)。

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MARUYAMA Satosi