2.ウッドストック

 何も考えていなかった。

 大陸横断という案にのってはみたものの、それで一体何を
したいのか。どこへ行きたいのか。

 全く

考えちゃあいなかった。はっきり言って、エリックの還暦
ライヴを見るということの他は何も考えていなかったのだ。
だから、「どこへ行きたい?」と渡米前に訊かれたときも、
適当に「ナッシュビル」としか答えていなかった。深い考え
はない。ただ、なんとなくだ。きちんと考えていれば、ちゃん
と「メンフィス」と…いやまて、メンフィス、ナッシュビルを
挙げたのだけれど、ルートの都合でメンフィスは遠回りに
なるとか言われたんだったか?まあ、どうでもいいことだ。

 いずれにせよ、S吉とマークさんが選んだ場所の他で僕が
どこへ行きたいかを訊かれて、挙げたのがナッシュビルと
メンフィス。で、取り上げられたのはナッシュビルだった。
でも、何を見ようとかどこへ行こうとかは、まるで、なーんも
考えていなかった。

 そして、まるで役立たず

 免許を取ってこのかた、ほとんど車など運転していない。つまり、
刀舟はペーパードライバーだったのだ。(注:このときの苦い経験から
後に特訓、今ではちゃんと運転できるようになっています。)
まっすぐなだけの、誰もいないような道で練習すればええよーとか
S吉は言っていたのだが、いざ横断を始めると

もうそれどころじゃない

くらいに余裕が無かった。なので、本当に簡単なところで
ちょろっとハンドルを握っただけだ。

 ならせめて、ナビゲーターとして役に立てばいいのだが。

 役に立たない。ただでさえ方向オンチな上に、車の走る
速度に合わせて地図を読むことができない。一人で歩くのなら
一旦止まって、整理をつけてから動けばいいのだが、のろまな
刀舟には動きながらナビゲーターをすることなどまるで覚束ない。
具体的には、こうだ。

「えーと。緑の道に入って。」
「え?緑ってどれ?

 緑なのは地図の上だけだった。

…まあ、これは学生時代の話なのだが…。

 と、いうわけで。マークさんと刀舟がなんとなく気まずくなる
のにそう時間はかからなかった。(笑う所です、念のため)。

 そして早くも夜。そろそろ宿を探さねば、という時刻。土地の
名前を確認しようと道路の標識を見上げると、そこには

Woodstock

とあった。

「お、ここらで宿とろうか?」
「有名ですしね。」
「…んー。」

 実を言うと、ちょっと面白く無かった。何故って、S吉はまあ
洋楽も聞くけど主な関心は邦楽だし、マークさんに至ってはまる
きり邦楽の人。こんなときだけそういうものに関心を示されても
…などと思ったのだ。何だか排他的で嫌な感じだが、普段自分の
聞く音楽のことでは仲間内で相当ガマンをしているので、そんな
了見の狭いことを考えてしまったのだ。それに、ウッドストック
の位置をちゃんと覚えていなかったことも恥ずかしかったので…
素直に有難がる気にはなれなかった。でもまあ、ここで泊る
というのなら別に反対する理由もない。

 アメリカには、数多くのモーテル(モーター・ホテル。つまり、
車で旅行している人むけの安宿)がある。最初に泊ったモーテルが
どこの系列だったかは忘れてしまったが、わりとよく見かけるホテル
のチェーンだったと思う。車は駐車場に止め、荷物を運び込む。
カード社会のアメリカでは、泊る前にカードを見せるのが当たり前。
カード無しで宿に泊ろうと思ったら、えらい面倒くさいことになる。
具体的にどうするかは、知らない(をい)。マークさんがその方法を説明して
くれたと思うけど、なんか面倒だからすぐに忘れたのだ(おいおい)。人の記憶力
(いや、量か?)には限界がある。必要ないことは忘れなくてはいけない。…多分。

 宿代だのガス代だのは旅行が終わった後で清算するということで、
旅行中はほとんどS吉のカードで宿代を払った。このときも、宿の
おばちゃん相手にチェックインの手続きをしたのはS吉だった。手続き
を終えた後、S吉が何やら含みのある表情でこちらまでやってきた。
はて、どうしたのだろう。

「いやー。びっくり。」
「え?」
「今な、『ここはあの有名なウッドストックですか?』てきいてん。」
「ほう。」
「そしたらな。ちゃうんやって。

ッブリバディミスアンダーストゥッズ!!(アクセントはエとトゥ)

て言われたよ。」

わはははははっ!

これにはちょっと沈んでいた刀舟も大笑い。良かったー。こんな所に、
あのウッドストックがあるわけないよね。だって俺達、

ワシントンDCを既に越えて、南下しているんだもの…。

と、いうわけで話を昼間に戻そう。何故この日の記録だけ時間を前後
させたかというと、察しのいい人ならワシントンDCの話を読んだ後で
ウッドストックと言った所で、「ははあん、同じ名前の違う土地ね」
などと見破ること請け合いだと思ったからだ。既に今回のオチも終えた
ことだし、旅のルートをもう少しちゃんと説明しよう。

 今回選んだのは、ニューヨークからニューオリンズへ南下、そのまま
南周りでエル・パソまで行き、ベガスへ行ってロスに出るルート。この
他、中央をつっきるルート、北を周るルートもあるが、これが一番見所
の多いルートだろうということで、これを選んだ…のだと思う。何せ
この横断に関して、刀舟の意思決定は無いに等しい。多分そうだろうと
しか言えないのだ。

 マンハッタンを出てから、まず訪れたのはアメリカ合衆国の首都、
ワシントンDC。ホワイトハウスを…

あれ?見たっけ、俺。

 いかん、全然覚えていない。覚えているのは、街に入るなり道が
わからなくなり、刀舟がその無能さを露呈し、S吉はボストンへ行った
ときにも道に迷ったが、一緒に行った連中はS吉の意見を全然聞いて
くれなくて…とか言っていたことくらいだ。だめじゃん、俺!

 まあそれでも、少しは街のことも覚えている。

 何だったか、グラウンドのような所…そこは、いかにもセレモニー
を終えた後のような雰囲気で…兵隊さんが、まばらながらにもいたよう
に思う。一般人なのか何なのか、駐車場はわりと満杯で、自分達が車を
停める場所を見つけるのには少し苦労した。キャッチボールして遊んで
いる兵隊さん達を横目に、グラウンドをつっきった先に見えたのは…。

シンボル

ああ違った。

シンボル

だ。刀舟手持ちのカメラではわりと距離を置かないと全体を収めることが
できなかったので、これをバックに自分の写真、という芸当はちょっとでき
なかった。が、S吉のカメラには収められているはずだ。凝り性のS吉、
広角(でいいんだよな?)レンズを所有しているので、わりと近い位置
でこの建造物の全体を収めることができたようだ。

 にしても、本当に俺が観たのはこれだったろうか?だいたい、シンボル
という名前じゃないじゃないか。うーん。にしても、ワシントンDCは先を
急ぐとばかりにさっと流したけれど、観光スポットは沢山ある街なのだ
なあ。先のリンク先にある観光案内で初めて知った。はは。まてよ、これ
を見たということは、ホワイトハウスの近くに俺は居たのか?いかん、
まるで覚えていない。(これを書いているときにS吉に相談したところ、
「すぐ近くやで」という回答とともに、このページを教えてもらった。
感謝する。)形は絶対これなのだけれど、写真に写っている池だか川だか
には見覚えがないのだ。うーん。

 ワシントンについてはこの他には何も覚えていない。なので、夜の話に戻る。

 ホテルの部屋というのは、大抵シングルかツインだ。で、自分らの場合
は3人づれだったので、ツインを一部屋借りてもベッドが足りなくなる。
こういうときにはどうするかというと、予備のベッドを借りるのだ。えーと。
何て言ったか…思い出すまで、予備ベッドと呼ぶことにする。

 予備のベッドは、簡単な二つ折りのベッドが多い。そんなひどいもの
とは限らないけれど、貧乏クジっぽいイメージは拭えない(実際どうかは
ともかく)。なので、誰がそのベッドで寝ることになるかはジャンケンで
決めた。初日はS吉。その翌日は、この日にではなく翌日にまたジャンケン
で決めた。この後、S吉→刀舟→マークさん…の順で予備ベッドを使うこと
になるのだが…後に、ちょっと面倒なことになる。これはそのときに述べる。

 宿に着いて、床に入ったのが何時だったかは忘れた。でも、起床は毎朝、
まるで軍隊のように早かったのは覚えている。10数日で北アメリカを横断
する上に観光までしようというのだ。強行軍になることは想像に難くなかっ
たはず。はず、なのだが…僕は例によって、何にも考えちゃあいなかった
のだ。

これ以上続けると情けないので、ひとまずは次回に続く