8.洗濯おばちゃん

 さて。若干下がった友情のバロメーターを戻しつつ、S吉の宿へと戻った
刀舟、この日の予定についてS吉とざっと話し合った。

「あとどっか行きたいとこある?」

「ん。ハードロックカフェ行って、ジミヘンのギターとかいうやつを写真に
 撮りたいんやけど。頼まれててなあ。」

「そうか。後は?」

「別にないなぁ。」(後でスポーツ好きの友人からは「スタジアム行けよ」と
 言われた。でも、不思議と僕の周りには「自由の女神観ろよ」とか「メトロ
 ポリタンミュージアムへ行けよ」という人が居ない。ちなみにこのとき、
 そんなもの達の存在はきれいに忘れていた。大貫妙子の歌は好きだけどねー。)

「よし、じゃあ軍艦とインディアン博物館行こで。」

 こいつもこいつだ。

「軍艦?」

「気になってんのがあんねん。それから、夜は友達が来て一緒に飲むことに
 なってるから。」

「一緒に旅行する人?」

「いや、別の人。本棚あげることになってるから。」

 そういえば、S吉はアメリカ横断直後に帰国予定だった。…にしては、
部屋が全然片付いていないのが人事ながら気にかかる。しかしまあ、昔
引越しを手伝ったとき、その当日にダンボールが10個くらいしかできて
いなかったことを考えれば、この男がそんなにマメに準備しているわけ
がないなと思ってしまう。参考までに、そのときの会話を載せておく。

刀舟「なんも準備できてないのと同じやんけ。」
S吉「なあに、ストラテですよ。」
刀舟「ストラテの意味知ってる?」

ストラテ…strategyの略。戦略を意味する言葉。

 まあ、咄嗟の行動力はある男なので、なんとかするだろう。

 次の行動に移るにはまだ時間が早かったので、ひとつ洗濯をすることに
した。既にパンツと靴下は使用枚数制限に達していたからだ。

 マンションには、各階(なのかな)据付のコインランドリーがあって、
乾燥機もしっかりついていた。アメリカ洗濯事情はよく知らないが、
どうもここに住んでいる人は皆コインランドリーを使っているようだった。
洗濯機は、水が少量で済むドラム式(というのかどうかは良く知らないが)。
使い方はよく覚えていないが、やたらとクォーター硬貨をぶち込む必要が
あったのは覚えている。アメリカへまだ旅行したことがなくてこれから
という皆さん、クォーターは必需品です。向こうへ着いたら沢山作って
おきましょう。

 洗濯機を回してから、乾燥機を使うまでにしばらく時間があったので
S吉の部屋へと戻る。この間に、軍艦を見に行く準備を整えることにした。

「フィルムがもうこの1本しかないなあ。買わな。」

「1本やろか?」

そう言うと、S吉は冷蔵庫の中からフィルムを取り出してぽん、と渡して
くれた。…冷蔵庫?

「フィルムは冷やすといいって知ってたかな?」

「知るか。」

天麩羅粉みたいだな…というのは、思っただけで言わなかった。ちなみに、
昔CDを冷蔵庫で冷やすといいという噂が流れたことがあるが、それは絶対
にやっちゃあ駄目だ。最悪CDがダメになるから。

 そろそろ洗濯が終わったかなという頃、コインランドリーへ。洗濯部屋に
入ると…。

「あら!まあ、ごめんなさい!!」

 ふとっちょのおばさんが、洗濯終了した刀舟の洗濯物をカゴに移し、
自分の洗濯物を2台ある乾燥機両方に入れて乾かしていた。そのくらい、
「まあいつ来るかわからんもん、俺だってそうするかもな」と思った
のだが、このおばちゃん、随分気のいい人で自分の洗濯物をまだ動いて
いる乾燥機から取り出し、刀舟に「片方使って頂戴」と言ってきた。

「へ?でもあのー…。おばちゃん、もうクォーター入れたのと違うの?」

すると「オゥ」といいながら、「そんなの気にしなくていいわよっ」と
ばかりに身振り手振りで示すおばちゃん。いい人だ。

「そう、クォーター入れて。1枚、2枚…。」

いや、そこまで面倒見てくれんでもええから。

「渡る世間に鬼は無し」。そんな言葉をマンハッタンで思い出した
刀舟だった。

続く