9.軍艦マーチ

 洗濯物を片付けた後、身支度を整えてからS吉と刀舟はマンションを出た。

 先にも述べたが、このマンションにはドアマンがちゃんといる。黒人の
おじいさんで、笑顔のやさしい陽気な人だ。名をアンソニー(仮名)という。

刀舟「なんか、良さそうな人やな。」
S吉「人気者やで。子どもとかよう『アンソニ〜』とか言ってなついてるしな。」

そういう年の取り方をしてみたいものだ。

S吉「アンソニーさんはカメラのマニアでなあ。F4持って歩いてたら『おっ、
   ちょっと見せてくれ』とか言ってきたりするで。」
刀舟「ほう。じゃあ、AE-1とかも見つかったら掴るのかね?」
S吉「止められるかもなあ。」

そうだろう。なにしろ、エリック・バードンが一目見て「いいキャノンだ
(Fine Canon)」と言った代物だからな。借り物だが、もう俺のものだ。

S吉「にしても、いいカメラ持ってるね。」
刀舟「ふふ。ちょっとね。」

ちなみに、貸してくれた人はS吉。

刀舟「しかし、ニコンのF4てのはごついカメラやな。」
S吉「これな、ここから外れるようになってんねん(と言いながら、カメラ
   のグリップだったか、あと下の…何だ、まあとにかくそれらを分離
   して見せた)。湾岸戦争のときとか、これが原因で故障しまくった
   らしくてな。F5はもう外れんようになってんねん(と言ったと思う。
   違ってたらごめん)。」
刀舟「デジカメもニコンやんなあ。ニコン好きなん?」
S吉「そうやなあ。そもそもニコンはな…(以下、よく覚えていないのだが
   とにかくニコンは軍事関係の技術者が始めたもので、キャノンは
   商売人、というような話だったと思う。本当かウソか、そもそも
   この記憶で正しいのかもよくわからない)。」

しかしまあ、何故軍艦を見に行こう、などと言い出したのかはわかった。
S吉には軍事マニアの1面があったのだ。

S吉「前から気になってたんやけどなあ。なかなか一人ではおもろないし、
   かと言って『軍艦見に行きましょう』とか言ったらちょっとみんな
   退くしねえ。」

だろうなあ。

特に軍艦だの戦闘機だのに強い関心があるわけではないのだが、そこは刀舟
も男の子、乗り物の類に興味がないわけではない。まあ、ちょいと観に
行くぐらいは悪くないと思ってついていった。

どうやってそこまで行ったのか、それは既に忘却の彼方。ただ、軍艦近くの
風景が妙に田舎の港町を思い出させた。

 見に行った軍艦、というのは文字通り、本物の軍艦だ。ただし、現役を
引退したものだが。まず波止場のようなところに受付の広い建物があり、
そこで見学許可証と思われる紙の腕輪を渡された。受付のおねえさんに
郵便番号を訊かれたが、当然答えられるわけもない。そこはS吉が「いや、
彼は旅行者だから」と断ってくれた。

 受付を潜ったところで、軍艦に入る前に用足しをしたくなったのであたり
を見回したが、いまいちどこが厠なのかわからない。近くにいた警備員
らしい人に訊いて見ようかな、などとS吉に言ったところ、こう言ってきた。

S吉「Where's Bathroom?て訊くんやで。こっちの人、トイレのことそう言う
   ねん。」
刀舟「?え、そうなん?トイレとかrestroomとかとちゃうの?」
S吉「まあ、それでももちろんええけどな。」
刀舟「んー、便所って言わんと、化粧室とか言うようなもんか?」
S吉「そうそう。こっちの人が家に来た時に『Bathroom使っていいですか?』
   て言われたときは何のこっちゃと思ったけどな。」

初めて知った。気になったので今辞書を引いてみたが(リーダーズ英和辞典)、
確かに載っていた。辞書は逆から読め!

 用を足した後、心置きなく軍艦へ。看板の上には、やはり現役を引退した
戦闘機だの戦闘ヘリだのがずらり。なかなか壮観だ。

こんなもので撃たれたら死んでしまう。

他にも写真をバシャバシャ撮ったのだが、S吉の面が割れてしまうようなもの
が多いので掲載は控えておく。申し訳ない。自分の写っているものはS吉
のカメラに収まっていると思うのだが、

まだ全然送ってきてくれないし。まあ、お互い様なのだけれど。
(私信:頼むから横断に入る前にニューオリンズとエル・パソの写真は送って…。)

 戦闘機を見たあと、船の内部へ。錨のある部屋で、計器を前に調子に乗って
舵を切っていたら「おい!触っちゃだめだ!」とじいさんに怒られた。
ち、ケチンボめ。

無視して遊ぶS吉。顔わからないからこれはオーケイだろう。

 そうこうしているうちに船の底(?)なのか、それともどこか陸地に設置した所に繋がって
いたのか、軍艦や潜水艦の博物館みたいなところへ到着。どんなだったかは殆ど忘れたが、
覚えているのが樽にスクリューと空気筒、のぞき穴をつけて作った簡易潜水
…樽。図説にはこれに乗って敵方に忍び寄り、攻撃をしかけたかのような説明
が乗っているのだが…。

「…これに乗って敵追っかけたり来んの待ってたりすんの、つらいやろなあ…。」

 忍者が使ったという水グモ、あれは到底実用に足るものではなかったと
言われている。これもまた、考え出されただけの代物だったのでは
ないだろうか?

ドキュメント風に終わったところで、次回に続く。