4.メンフィスへの道

 強行軍だった。

 なにしろ、北アメリカを車で、しかも10日かそこら横断しよう
というのだ。目的地の他には、極力立ち寄りたくない気持ちは、
ものすごーくよくわかった。

 「メンフィスに寄ったら、遠回りになっちゃいますよ。」

 ナッシュビルにまるで関心のなかったマークさんが、このうえ
メンフィスへ立ち寄りたいなどとは微塵ほども思っていないことは、
よーくわかっていた。そして、マークさんは次の目的地、ニュ−オ
リンズに一刻も早く到着し、そこで最低でも2泊したくてたまらない
のだ、ということもわかっていた。

 旅行前に、「絶対メンフィスへ寄って下さい」とは言って
いなかった自分が悪い。あまり強いことの言えない立場に
いた刀舟、涙を飲んでメンフィスは諦めようと考えていた。

 ところが。

S吉:「でも、コットンフィールズとか見てみたくない?」
マークさん:「あ、そうですね。」

 おいおいおい!そんなんで納得すんのかい!!コットンフィールズ
って…今でもあるのか?それに、綿花の季節っていつよ?

 そう思ったが、もちろん黙っておいた。そして、S吉の気の効いた
騙し半分の提案には素直に感謝した。見習わなくてはいけない。

 と、いうわけで。

 当初の予定よりは若干遠回りになるが、メンフィス経由で南下、
その日の夜にニューオリンズに到着するルートを進むことになった。

 まず、メンフィス経由で南下することが決まった時点で、刀舟
にはひとつの提案があった。それは、というと。

刀舟:「グレイスランド行って見ようで。」
一同:「何、それ?」

…いや、まあ、そうかもしれん。

刀舟:「エルヴィス・プレスリーの家やったところやけどな。」
一同:「まあ、いいけど。」

…なんというか、こう…。エルヴィスという名前に、もっと、こう…。
まあ、いいけど。

 多少の不満と不安はあったが、無事寄り道請求に成功。憧れの
エルヴィスを偲びに、グレイスランドへと立ち寄ることにした。
人によっては「あんなところを巡礼するのは…」と思うかもしれ
ないけれど。

 朝食はこの日もモーテル据付の持ってけ食。それらをさっさっと
平らげ、「今日中にメンフィス寄ってニューオリンズへ行くぞ〜」
と、意気揚揚と車に乗り込んだ。メンフィスには、昼前に到着する
計算だ。一泊できないのは残念だが、メンフィスの街で昼食を取って、
グレイスランドとサン・スタジオに立ち寄るくらいなことはできる
だろう。そんなことを考えながら、ナッシュビルの街を後にした。

 アメリカを旅行するなら、断然車の旅がお勧めだ。ほとんど運転
しなかった(できなかった)自分が言うのもなんだが、案外車で
泊ることのできる宿も多い。もちろん、それなりの危険はついて
くるし、用心も必要だ。しかし、それだけの価値はあるものだ。特に、
(今回はルートに入っていなかったが)シカゴ〜ニューオリンズまで
のラインは、是非とも車で辿りたい。僕自身、このラインは改めて、
もう一度車で訪れたいと真剣に考えている。そういえば今まで、車で
移動している最中の様子については全く触れていなかった。後に旅行
する方の参考にはならないと思うが、アメリカのハイウェーについて
述べておこう。

 今回の移動では、当然のことながらハイウエィを乗り継いでの移動
が中心だった。高速の造り(?)自体はそう日本と大きく変わること
はなかったと思うが、その風情というか、状態…いや、コンディション
とでも言うべきか…は、相当異なっていた。

「…なんか、タイヤとか破れて転がってんのがやたら多いねえ。」
「バーンナウトしたんやろな。」
「…あれ、えーと。犬?何?」
「轢かれたんやなあ。かわいそうに。」

 片付けろよ、アメリカ人!

まあ、もちろん道のどまんなかに転がっているわけではないのだけれど。
田舎の山道とかなら日本でもゴミだの廃車だの転がっていたりするのは
珍しくないが、ハイウェイでこれは、ちょっと。いや、車を持たない僕
は国内の高速で走ることなど滅多にないから、単に認識不足なのかも
しれないし、タイヤについては、車の整備にも問題があるのだろうが…。
とにかく、「走れるんだからいいじゃん」といわんばかりの適当さだった。
案外、広すぎてやってられないのかもしれない。

 走っている車は、当然というかなんというか、日本では見ないような
車が多かった。道中よく出くわした車で特に印象に残っているのは、
必ずと言っていいほど各地でみかけた牽引車。それの何が珍しいのかと
いうと、車で牽引しているのは事故車とかではなく、リアカーのような
代物なのだ。普通の車を、軽トラック並の運搬車にしている、といえば
おわかり頂けるだろうか。時には、家をまるごと引っ張っているような
車に出くわすこともあった。それと、理由はよくわからなかったけれど、
アメリカで見かけたバスや大型トラックなどは、必ずといっていいほど
鼻つき…という表現で正しいのかどうかはしらないが、ボンネットが前方
に突き出している、ヤッターワンのような顔をした車ばかりだった。

 そういったいかにもアメリカ的な車に出くわしながら、ハイウェイを
すっ飛ばす一行。次の目的地はメンフィス、希望スポットはグレイスランド
とサン・スタジオだ。

続く