15.レコード?

5月12日(…だったよな…)

 さて。ハリウッドの街に背を向け、とっとと次の目的地、電話帖で目をつけたもう
1軒のレコード屋へ。

 「…ちょい、歩きつかれた、かな…。」

 手持ちの残りtoken(回数券に相当するコイン)は残り少なかったが、次の目的地
までは歩くと1時間くらいかかりそうだ。ここはおとなしく、バスに乗ることにした。

 「ハリウッド・ブルバードからヴァイン・ストリートを下って、メルローズ・
アヴェニューまで行くことにしよう。」

 そう決めたそのとき、タイミングよくハリウッド/ヴァインと表示の出たバスが。
これは好都合、そう思って即座に乗り込んだ。もちろん、ハリウッド〜ヴァインを
通るバスだと思ったからだ。目的地に行くまで、バスでも10〜20分はかかるだろう。
幸い中は空いていて、ゆっくりと座ることができた。よし、これでしばらく休む
ことができる。そう思っていた。の、だが。

 「お客さん、ここ終点よ?」

 「へ?あ、スンマセン…」

 …忘れていた。この土地じゃあ、乗り物の行き先に通りの名前が2つ表示されて
いるってことは即ち、

 そこが終点

なんだってことを。

 ちなみにこのとき、刀舟はバス停二つ分くらいしかバスに乗っていなかった。
そのまま十字路を曲がって次の通りへ行くと思っていたから、トランスファーも
買っていない。token無駄遣い。

 「…どないせえっちゅうねん。」

 残るtokenは1枚。これで、ここから再びバスに乗ってレコード屋まで行くか。
それとも…

 「…歩くか。」

 バスを降りた十字路脇の広場にはロスでは珍しい地下鉄の駅があり、これに乗って
宿まで帰ってやろうか、とも少し考えたのだが、それではあまりにもつまらない。
歩いたところで何があるというわけでもなさそうだったが、歩いた先にはレコード屋
がある。それに時間には余裕があるし、お天道様もまだ高い。歩くことにする。

 そんなわけで、ヴァイン・ストリートを徒歩にて南下。ハリウッドの街からそんな
大幅に外れているわけでもないのに、この辺まで来るともう見事なまでに郊外の風景。
面白そうなものは、特になし。アメリカならどこにでもあるモーテルと、日本の地方
都市の郊外にでもあるような大型店、小型店の並んだスペースがちらほらとある程度。
ちょっと興味を惹かれたのは日本で言えばオートマックスのような、でっかい店構え
のオーディオ・ショップ。最初はてっきりオートマックスのアメリカ版だと思ったの
だが、シュアーだのゼンハイザーだの、見慣れたロゴが看板に掲げてあるのでそうと
わかった。どんなオーディオが置いてあるのか、ちょっと見てみようかとも考えた。
けれども、車が入ることしか想定していないような入り口に気勢を挫かれてしまい、
中へは入らなかった。

 それに、この時の刀舟は目的地に着くまで、出来れば立ち止まりたくなかった。

 わしは止まると死ぬんやぁ〜!!

 …と、いうわけで、歩きつづけた。生まれ故郷のだだっぴろい道(道そのもの
は大して広くないが、周りが殺風景なので広く感じてしまう)を思い出させる通りを
歩くこと約30分。ヴァイン・ストリートからメルローズ・アヴェニューへ入ってから
さらに10数分(だったと思う)。ようやく昼の最後の目的地、別の中古レコード屋へ
と到着したのだった。

 「ふん、帰りはここからバスに乗るか。」

 うまいぐあいに、レコード屋の正面にはバス停があった。さすがにこのうえ1時間
以上歩く気にはならなかったし、レコードを持って歩き回るのも面倒だ。しかしこれ
なら、安心してレコードを買って、持っていくことができる。買うものがあれば、の
話だが。

 「…なんか、雰囲気くらい店、だな…。」

 古道具屋、と言った方が当てはまるような雰囲気の、暗くて狭い入り口。建物は、
そんなわけはないのだが、長屋とでも言う形容がぴったりの建築物。建物の作り
自体はよく見なかったが、とにかく古そうではあった。中へ入ってみると、まず
特価レコードの入ったダンポールを積んだ小部屋(普通の家なら、玄関か)。欲しい
レコードは決まっていたので、ここはあえて無視して(某E氏なら甘いといいそうだが)
さらに奥へ。

 「…○大図書館の地下書庫?」

 げっぷが出そうになった。ちょっと大きな大学の図書館、そこの書庫を想像して
欲しい。それがだめなら…そうそう、映画「ハムナプトラ」で序盤に出てきた書庫、
あれを想像して欲しい。梯子を使わなきゃ上れないような高いレコード棚がずらりと
並び、そこにレコードがどちゃっと並べてあるのだ。

 「…分類は…えーと…。」

 一応、簡単な分類をしてA〜Zと並べてはいるようなのだが、これがどうも。
だいたいどのジャンルはどこか、がわかるくらいで、焼け石に水。まるでわからない。
それでも、全部見ることが出来るようにエサ箱方式にしてくれていればいいのだが、
なんというかこう…図書館の本でも探すような格好では、どうも調子が狂ってしまう。
しかしまあ、せっかくここまで来たのだ。ロックと名のついた所は、総ざらえして
みることにしよう。これだけあるのだ、きっといいものもまぎれているだろう。

……

 「…いいもの…ないなあ…。」

 僕が未熟だということは認めるとして、だ。なんというか、こう…。古本屋が
値づけを覚えてやっているような、プレミアつけまくりの古レコード屋。この手の
店で満足のいく買い物というのはついぞしたことがないのだが、それはアメリカへ
やってきても同じだったようだ。

 「お、このトロッグズのブートは興味あるなあ。値段は…。」

 あれ?書いてないじゃん。

 この棚いくらか?でも、そんな表示ないよなあとか思ってきょろきょろしていると、
こんな光景が目に飛び込んできた。

お客「このレコード、いくら?」

店員「こっちは15ドル。こっちは…20ドルだな。」

 …そうやって値段決めてんのか。なんて敷居の高い店だろう。あらためて店内を
見てみると、レコード棚の側面に

 『うちのレコードは高いです』(つまり、マニア向けだからヌルイ人はご遠慮
  下さいってことなのだろう)

という張り紙がしてある。いかん、嫌なお店だ。トロッグズのブートなんぞ持って
行った日には、何を取られるか(って、まあ取られるのはお金だが)わかったもの
ではない。止めておこう。

 それほど強烈に欲しかったわけではないものはすっぱりあきらめ、あったら
是が非でも買うもの…アニマルズ83年の米盤シングル「The Night」を探すこと
にする。これだけ偉そうなのだ、そのくらい隠しているかもしれない。そう思って
シングルを探していたのだが、生憎どこがAの項かすらわからない。困っていた
ところに、年の頃50くらいか?というような店員のおっさんが声をかけてきた。

 「何か探しているのかい?」
 
 「あ、はい。アニマルズのシングルって、あります?」

 「アニマルズ?ロックかい?」(何、それ?といわんばかりに)

 「?!…ええ、まあ…。」

 本当にアニマルズを知らなかったのか、単にこの人がロック軽視だったのか。
とにかく、ロックAの項へ案内され「んーと、この辺かな?」とばかりに何枚
かのアニマルズのシングルを見せられる。ちょっと面白くなかったが、やはり
軽く礼は言っておく。

 で、シングルを見てみたのだが…。

 「…うーん…。」

 10枚くらい置いてあるシングルのうち、ピクチャー・スリーブは一枚もなし。
盤も持っていないカップリングのものは結構あったけれど、盤質悪かったり
特に珍しい曲というわけでもなかったり…早い話、不作だった。それでも、
75年再結成時のアルバムからのシングル、「Fire On The Sun」のプロモ盤
(A面ステレオ、B面モノ)は面白いと思ったので、買うことにする。これと、
あとは「You're On My Mind」がカップリングされた「孤独の叫び」。
スリーブがMGMオリジナルだし、このカップリングでは持っていない。
盤もまあまあだし、安けりゃ買いましょう。

 この2枚を持って、事務机のある小部屋にいたさっきのおっさんにいくらか
聴いてみる。

 「うーん、MGMのシングル。…5ドル。こっちは…。JETのプロモ。
10ドル。」

 そういう値段のつけ方かい。ちょっとカチンときたので、プロモ盤だけ買う
ことにする。じゃあ、こっちだけもらうぜ。

 「ん?両方?」

 ちゃうって。

 なんというかこう、嫌な店だった。何がいやって、欲しいものがないことが
一番嫌だ。事務机のあった小部屋には、そのおっさんがなんとジェームス・
ブラウンと一緒に写っている写真があった。きっと合成写真に違いない。そう
でなきゃ首だけ看板から除かせているんだろう。ふん。

 余談だが、レコードを探しているときにホノルルから来たというじいさん
が店員に微妙に邪険にされていた。それで頭にきたのかどうか知らないが、
じいさんがさらりと(怒りながらではなく、にやけながら)「こんな小さい
レコード屋ははじめて見た」と言っていた。単に狭い、ということだったの
かもしれないが、「どんなレコード屋を巡ってきたんだろう、このじいさん」
と思ったり。当然、店員は面白くなさそうな顔をしていた。どっちもどっちな
状況だが、ここはじいさんに心のエールを送っておくことにした。

続く