22.パーティー

 会場となる、モーテルまでは車で5〜10分ほど。その間、僕はただぐったりとしていた。
カーリーヘアーのご婦人はこの日も気さく、運転手とにこやかに話しをしている。

 「本当に、あなたにはお世話になったわね!シカゴへ帰ったら、メールを送るわ!!」

 …そういや、僕もこの人たちには世話になっている。ちゃんとお礼を言っておかない
と、なあ…。

 モーテルへ着いてから、車に乗っていたメンバーは皆、一旦自分の部屋へ。僕はと
いうと、一足先にモーテルに着いていた人たちが集まっているテラスへと案内された。

 その場にいたのは、7〜8人だったろうか?ほとんどが40代前後の男性、女性が一人。
そして、僕よりも若そうな青年が一人。「日本から来たメンバーだ」と紹介された僕に、
男性の一人がにこやかに声を掛けてきた。

「やあ!君がboat?」

「え、あ、はい。」

「昔、君にメールを送ったことがある!君は、僕に返事をくれたね!!」

 この人の名前を覚えていないことが申し訳ない。こういう人に会うことができた
のは嬉しかったのだが、言葉が不自由なうえに僕は社交的でもない。愛想笑いを
浮かべるだけで、これ以上はなんと言ったらいいのかわからなかった。

 空いている席を勧められ、なんだか厳格そうなお父さんと、普通っぽいおばさんの
間にぽつんと座る。テーブルの上にはビールやドーナツが並べられていたが…小心者
の刀舟、「勝手に食べていいのだろうか」と、いつまでも手を出さずにいた(というか、
その場にいたほかの人もまだ飲み食いしてなかったし)。

 「この場の雰囲気からはみ出さない程度に自分を出して、尚且つうちとけるには
 一体どうしたらいいのだろう。」

 そんな難問を考えていたとき、右となりのおばさんが刀舟の持っているファンクラブ
会報を見て小さな叫び声をあげた。

 「まあ!あなた、エリックにサインをもらったの?」

 …どうやら、エリック・バードンのサインを見たようだ。

 「え、ええ。ショウのあと、楽屋で…。」

 「まあ。私は、ジョンにサインをもらったの。夫はドラムをやっていて、ジョンは
 夫のヒーローなのよ。」

 これ以上、何を話したかはよく覚えていない。ただ、自分がエリック・バードンに
会えたということは、本当に喜ぶべきことだったのだな…と、そう思ったのは覚えて
いる。

 少し場の雰囲気が(僕にとって)ほぐれたところで、左となりのお父さんも僕に
話し掛けてきた。その第一声がなんだったかは忘れたが、ラジカセから流れてくる
アニマルズの曲に解説を加えているあたり、只者ではなさそうだった。そして話の
中で聞いた、お父さんの名前は…

 「!ああ、あなたが!!あなたのサイトは、僕がサイトを作る上でのお手本になりました。」

 「ああ。私のサイトが、エリックのサイトとしては最初のものだった。」(自慢っぽくなく)

 …自負がありますね。そういう人、僕は好きですよ。

 「掲示板は、もう廃止してしまったのですか?」

 「公式サイトに掲示板が出来たからね。その役目を終えたんだ。」

 …おお…。

 愛想はあまりない人だけれど、なんというか、好感の持てる人だった。そして、その場
にいた青年はまだ高校生で、この人の息子さんだったようだ。

 モーテルに着いてから数十分、人数が多くてテラスではパーティー参加者を収容しきれ
なかったため、場所を移動。手頃な場所がなかったのか、駐車場で立ったまま飲み食い
することになった。

 移動した先では、既に主催者のフィルさん他、主だった(?)メンバーが待っていた。

 「よし、じゃあ乾杯だ。ネイオトーモ、写真を撮ろう。おや、君のビールは?」

 …この時点まで、一切飲み物にも食べ物にも手をつけていなかった。周りをきょろきょろ、
真後ろのビール抱えている人のビールを間違えて取りそうになりながら、ようやくビールの
入った箱発見。いただくことにする。

 「うーん。どこに身を置いたものやら。」

 こういう場で積極性を出したためしがない(または、それで成功したことがない)刀舟、
自分の身を持て余していた。そんな姿を見て気を使ってくれたのだろうか、高校生の息子
さんが僕に話し掛けてきてくれた。

 「僕はデンバーから来たんだ。車で父さんたちと。もう朝早くから乗り詰めで、すごく
 眠いよ。」

 「車で何時間くらい?」

 「○時間(すいません、覚えてません)。参っちゃうよ。」

 本当にうんざりしているみたいだ。お父さんにつきあってきたんだね…。
 
 気を使われているのか、それとも周りがおじさんおばさんでこの若者も刀舟を相手に
する方が気が楽だったのか、それはわからないがしばらく会話は進む。しかし、やはり
自分の英会話能力ではいまいちスムーズにいかない。

 「読んだり、聞いたりはなんとかわかっても、喋るのはうまくいかないよ。」

 そんな泣き言を言う刀舟に、若者はこう言ってきた。

 「なんで?」

 …いや…そうねえ…なんで、かなあ…。

 「僕はもう眠いから、寝ようかな…。ごめん、寝るよー。」

 …といいながら、結構最後までこの青年は付き合ってくれた。いい奴だった。

 しばらくそんな話をしていた所、パーティーの場にようやくバンド・メンバー登場。

 エリック・バードンは…いなかった。この日やってきたのは、ジョン・スティールと
デイヴ・ロウベリーの二人だけだったのだ。…が、正直なところ、エリック・バードン
にここで会うのは怖かった。変な話だが…恥の上塗りをするような気がしたからだ。
そして、さっきはほとんど話をすることのできなかった二人がここに居る。これは…

 「…チャンス再来?」

 そう思った。が、やみくもに話し掛けても迷惑なだけだろう。ここはひとつ、
さりげなく事を進めたい。遠巻きに様子を伺っていたところ、「私の夫はジョンのファン」
というおばさんが、ドラムのスティックにジョンのサインを貰おうとしていた。…が、
ペンの調子が悪いのか、うまくサインが書けない。

 「誰か、書きやすいペン持っていないか?」

 まかせな!

 すっ、とゼブラのマッキー極細を差し出す刀舟。「おや?」というちょっと怪訝な顔
をするジョンとおばさん。どうやら、このペンの使いやすさを知らないと見える。

 (ゼブラさん、これ見ていたら何か下さい。)

 「おおっ、これはいい!これだ!!今は、何でも日本製が一番だ!」

 そう言って笑うジョン。やはり、いい人だ。その場では、「そうそう、君の車も日本製
だよね」とか、おじさんが男前のにいちゃん(ステージでもスタッフにまざってちらとその
姿が見えていた人だ。はっきり言って、俳優みたいな男前)に話し掛けたりしていた。
よし、少し話易くなった。

 「実は僕、この間この本(animal tracks)を読んで…ほら、レビューを書いたんです。」

 そう言って、ポケットに折りたたんで入れていたレココレを見せた。

 「この本には、あなたのインタビューが沢山載っていましたね。」

 すると、ジョンはさわやかな笑顔で、こう答えた。

 「うん、それがどうかしたの?」

 …え、と…。

 「あ、いやその。…そのこと言いたかっただけです…。」

 それではだめだ。

 「いやしかし、ロスってのは変ですね。日が出ているときと落ちているときとじゃ、
 まるで気温が違う。」

 「うん、まあ、季節の変わり目だからなんじゃないのかな?」

 ジョン・スティール相手に天候の話をするというのも、まあ貴重な経験かもしれない。
あまり意味はないが。

 たいした話も聞きだせず(というか、こんな場であまりつっこんだことを聞くのは
野暮だと思うし)、ジョン・スティールは何処かへ。このままではあまりにも残念、
そう思った僕はかねてから話をしてみたかったもう一人の人物…デイヴ・ロウベリー
に話し掛けることにした。

 小細工は抜きだ。ストレートに、且つ控えめに簡単な質問だけしよう。

 「すみません。ひとつだけ、質問してもいいですか?」

 「ああ、いいよ?」

 「あなたは、『Shut Up Frank』に参加していましたよね?」

 「うん、その通り。」

 「『朝日のない街』なんですが…」

 「おいおい、何で『Shut Up Frank』の話なのに、『朝日のない街』の話になる
 んだ?」

 いかん、回りくどかった。

 「その中で貴方は、『朝日のない街』を演奏していて、『この曲がアニマルズに
 加入して最初の曲』だと言っていました。」

 「ああ。」

 「それでお聞きしたいんですが、あの曲には、アレンジから貴方が参加していた
 のでしょうか?」

  何故こんなことを聞いたのかというと。ライナーノーツなんかを読むと、この曲
 の演奏がアラン・プライスだと思っている人がときどきいるからだったりする。
 もちろん、これはデイヴ・ロウベリーの演奏で間違いないのだが(聴けばわかる)、
 「アラン・プライスが抜けてアニマルズは失速した」なんてことを言う人が、
 「朝日のない街」を最高傑作として挙げていたりすることや…。僕はそのときの放送
 を聴いていないからどんな風に言われたかわからないのだが、山下達郎氏がその番組
 で、「この曲をバンドのアンサンブルにアレンジし直したアラン・プライスは素晴ら
 しい」と言ったなどという話を聞いたことがあったからだ。録音はデイヴで間違い
 ないとして、アレンジはこの人が加入してから行われたのか?ここでしっかり確認を
 とっておきたかった、というわけだ。

 「コーラスなんかはやったよ?そういう意味?」

 …

 「あ、いえ、つまり、その…あの曲、アラン・プライスだっていう人もいるので…。」

 すると、デイヴ・ロウベリーの態度が急変した。

 「誰がそんなことを言っているんだ!?あれは俺で間違いない!!」

 まずかった。というか、僕もアラン・プライスの名前なんかここで出しちゃいけない
とわかっていたはずなのに…。つくづく、自分の間抜けさに泣けてくる。

 ムキになって「自分がやった」と主張するデイヴに、「いや、もちろん僕はわかって
ますよ?それがわかってない奴らに、『本人に確認とったぜ』と言ってやりたいだけです
ってば。」と一生懸命説明する刀舟。一番知りたかった「アレンジは?」という質問は、
既にどこかへ飛んでいる。

 すこし落ち着いたデイヴ・ロウベリー、今度はこっちに質問してきた。

 「君、英語勉強し始めて何年?」

 ぐ。答えたくない。

 「えと、あの。いや、読みはともかく、喋りはちょっと…。」

 「僕は読めないけど、フランス語を喋ることはできるよ?」

 日本語しゃべれてから言ってくれ。フランス語は、英語で学習できるくらいあなたの
母国語に近い言葉だ。

 「フランス語は、僕も勉強しました。」

 いらないことを言う刀舟。案の定、フランス語で話し掛けるデイヴ・ロウベリー。

 「…いや、喋りはまるで判らないんですが。」

 なにせ基本がまるでできていないから、もうまるっきり覚えていない。それは勉強
したとは言わないか。

 「君は、何をやっているんだ?学生か?」

 ぐぐ。それも、答えたくない。

 しょうがないので、レココレの書評を見せてお茶を濁す。それを見たデイヴ・ロウベリー
は「なあんだ」とばかりに笑っていた。

 その後、ファンクラブ会報を作っている人に声を掛けられる。自分の作った記事を僕
に見せ、「これらのバンド、知っている?」と訊ねてきた。記事の内容は、どうも
アニマルズのカヴァーをした世界のビート・バンドで…この人の記事に出てきたのは

スパイダース
モップス

だった。

 知ってるも何も。僕の部屋では、スパイダースとモップスのレコードでオセロが
出来るぜ?(念のために言っておくと、それは嘘。)

 とりあえず、マチャアキ氏と鈴木ヒロミツ氏のことは軽く話しておいた。なかなか
面白い人で、もう少し早く話しができていれば、きっと楽しかっただろうと思う。

 「君は僕らに比べて、話をするときに少し距離を空けるね?日本人って、そうなのかい?」

 「はい。特に、年を取った人なんかは、あまり近づいて話をするのは礼儀正しくないと
 考えています。」

 すまない、かなり適当だ。僕が人見知りなだけだ、という答えも、何か違うような気が
したものだから…そう答えてしまったのだ。

 そんなこんなで既に明け方の4時近く。

 「こらいかん、昼1時の飛行機に乗るのに、一睡もしないのはキツ過ぎる。」

 まだ元気そうにしゃべくっている人が沢山いたが、お暇することにした。
フィルさんに「昼には飛行機に乗るから、もう帰ります」と伝えたところ、なんと刀舟を
送るためにその場にいる人たちの中から運転手を募ってくれた。

 「いや、俺はもう酔ったから。」

 「いや、俺はだめだ。」

 …結構人材不足のようだ。まあ、やはりタクシーかなと思っていると…。

 「ああ、じゃあ僕が行こう。」

 日本製の車、で話題を振られていたハンサム・ガイが引き受けてくれた。

 「いやあ、すんません、ありがとうございます。」(申し訳なさそうに)

 「いや。僕も君を送ることができて嬉しいよ。」(こともなげに)

 …か、カッコイイ…。そんなかっこいいセリフを、素でしかもさらりと言えるのか。
刀舟なら、10回は練習しないと無理だろう。出来ても、わざとらしくなるに違いない。

 パーティーに残った人たちに暖かく見送られ、刀舟は自分の宿へ。送ってもらう
車の中でこの男前と話をしてみると、案外普通の、いい人だった。

 「君は本当にいいときに帰ったと思うよ。連中ときたら、昨日も明け方まで飲んで
 いてさ。全く、あきれるよ。」

 ははあ、本当に嬉しかったのか。なんか気楽になった。

 「この後、どうするんだい?」

 「ニューヨークの、友達のところへ。いま、大学院にいるんです。」

 「ニューヨーク大学?」

 「ええ。」

 「ああ、いい大学だね。」

 「あなたも、マンハッタンから?」

 「ああ。しかし、ロスってのは妙な街だね。鉄道もない。知っているかい、何故
 鉄道がないのか?」

 「本で読みました。」

 そんな話をしながら、宿に到着。「じゃあ、ここで」と降りようとした刀舟に、
「いや、君の部屋の前まで車をつけるよ」と、実に親切な男前。車を降りる際、
自動で動くシートベルトにからまってしまったドンくさい刀舟とはえらい違いだ。

 もう一度礼を言って、車が出て行くのを見送った。そして僕は部屋に戻り、
ほんの数時間だけだけれども、眠ることにした。

続く