パーティーから戻って数時間。身支度を軽く整えた後、少しだけ眠っておく
ことにした。
目がさめたのは…多分、10時くらいだったんではないだろうか。食いきれ
なかったチキンとパン、そしていらない雑誌をゴミ箱に捨てて部屋を出た。
食い物を粗末にしたのは久しぶりだ。いい気分はしない。
フロントでチェックアウトを済ませ、宿を出た。風呂はシャワーだけ、
わりとボロくなっている宿だったけれど、清潔感はあった。
「今度ロスに来たときにも、ここに泊まろうかな。」
そう思った。
空港から宿まではシャトルだったが、宿から空港への足は地下鉄を使って
みることにした。地下鉄の駅は空港まで伸びていないのだが、空港に近い終点
から往復のバスが出ている。せっかくだから、ロスに存在する公共の乗り物
すべてを制覇することにした。
宿から一番近い駅まではおよそ徒歩10分。まだ疲れが残っているところに
加え、荷物を担いで歩くのはさすがにつらい。途中にあるスーパーの駐車場
にタクシーが泊っていたので、「乗ってしまおうか」とも考えた。しかし、
タクシーなら20ドルではきかないはずだ。そこへ行くと、地下鉄はわずか
1ドル少々の値段で乗ることができる。ここはじっとがまんの子。3分間
待つのだぞ。
結構ふらつきながら、駅に到着。僕が乗ろうとしたウィルシャー/ヴァーモント
駅は、一見公園かと見紛うような駅だった。というか、公園と駅が一体化して
いるのだろう。かなり広い。
地下鉄なので、階段を下ってまず公園のような広場へ。そこで切符を買って
から、さらに地下の線路へ…という作りになっていた。よし、まずは券売機で
切符を買おう。
「…はい?」
1ドルもしくは5ドル札しか受け付けない券売機ってのは、一体何なんだろう。
そのとき20ドル札しか持っていなかった僕は大いに戸惑った。
「…駅員探して、両替するか…」
とにかく、まずは改札口へ行ってみよう。そう考えて、線路のあるさらに地下
へ。
「…はれ?」
改札が無い。いきなり線路に直面してしまった。これはつまり、乗ろうと
思えば切符が無くても乗れるということだ(乗るだけなら)。
「田舎の無人駅に似ているが…。」
しかし、刀舟の田舎にある無人駅は車内で切符を購入することが前提になって
いるが、ここはそうではないようだ。だって切符は駅で買えるのだから。
弱った。キセルも可能だとは思ったが、終点で切符見せろとか言われたら
面倒だし、途中で切符拝見、なんてのもあり得る。そのとき切符を買えばいい
というのは後から気づいたことで、このときはとにかく20ドル札をくずそうと
考えた。
周りに適当な店を探してみると、道向こうのガススタンドに売店を発見。そこ
で眠気覚ましのガムを買い、小銭を作った。よし、これでなんとか切符を買える。
地下鉄は、地下を通ったり地上に出たり…と、まあ普通の地下鉄だった。
車内は随分空いていて、余裕で座ることができた。疲れていたので、非常に
有難かった。
途中で乗り換え一回、終点に到着。途中、駅員らしき人は登場しなかったので、
キセルしても問題はなかったようだ。もっとも、あまりナメていると見つかる人
もいるらしいけれど。
終点には話に聞いた往復バスが待っていた。乗り込んだ正面が大きな荷物置き場
になっていたが、黒人のおにいちゃんがでーんと座っていた。まあ、空いている
からいいっちゃいいのだが。そんな所に座る通っぽさから見て、地元の人に違い
ない。よそ者の刀舟は、おとなしく荷物を抱えてシート座席に腰を下ろした。
バスで空港まで何分だったかよく覚えていないが、空港に入ってからはターミナル
をぐるりと回り、各ゲート付近にて停車。降りる人はもちろんいるが、空港に到着
したばかり、といった人が乗り込んだりもしていた。多分、この人たちはこのバス
で駅まで行くのだろう。
そんなことを考えていると、一人のおじさんが慌しくバスに乗り込んできた。
黒ぶちの眼鏡に背広、進行方向を示すステッカーが貼られたトランクに、新婚旅行
以来使っているんじゃないかと思えるようなカメラを首からぶらさげたその人は、
間違いなく日本人だった。
「…この人、なんでツアーパッケージにしなかったんだろう…。」
見ていて実に危なっかしい。大慌てでバスに乗り込んだものだから、トランクを
倒してしまってフタが空きそうになるわ、乗り込んでからは「そこ、邪魔」と言い
たくなる場所に立ち尽くすわ。黒人女性があきれた表情で「こっち座んなさいよ」
と示すと、おじさんは「ああ、すんません。」と日本語で言って座っていた。
何で一人で旅行しているのだろう、このおじさん。危ないって。
しかしまあ、僕もこの人と大差ない場面をいくつも経験している。ここはひとつ、
暖かい目で見てあげよう。見るだけ。
さて。国内便に乗り込む手続きは、国際便にくらべてちょい早かった…かも
しれない。刀舟が乗る飛行機の発着ゲートへ行くには、結構歩く必要があった。
かなり疲れていたので冗談じゃないと思ったが、途中でゴーカートのようなもの
に乗せてもらったので、楽に移動することができた。
飛行機に乗り込むまではまだ時間があったので、軽く食事をとっておく。
ハンバーガーを水で流し込んでいると、なにやらインド人らしき青年がテーブル
の上にステッカーと紙切れを置いて立ち去った。なんだ、こりゃ?
「私は耳が不自由で、しゃべることもできません。このステッカーを、○ドルで
買ってくださいませんでしょうか?」
…こういうものを買いたくはないのだが、旅の記念にはなるかもしれない。
一つだけ買っておいた。なんか、嫌な気分だ。
食事を終えて、じき飛行機に乗り込むという段になってから、S吉に電話を入れて
おこうと思い、公衆電話へ。成田で買った国際電話カードを使ってみることにした。
「…。」
使い方がよくわからない。指定の番号にダイヤルしたら、日本語だと聞いていた
のに英語だし。つい、「まちがえました〜」と言って切ってしまった。
「まあ、いいか。奴には飛行機の到着時間と便名を伝えてあるからな…。」
最初はニューヨークのJFK空港に着いてからタクシーでS吉の下宿まで行くつもり
だったのだが、「そんなんムダ、俺が迎えに行くから一緒に地下鉄で行こう」と
言われたので、一通りのことは伝えておいたのだ。まあ、大丈夫だろう。
ニューヨークまでの飛行機は、わりと空いていて、乗員もいい感じだった。映画
は英語だけでよくわからないので見るのは止めて、睡眠と読書で時間をつぶした。
このとき持っていったのは、メルヴィルの「白鯨」。この小説を一言で説明すると、
「アメリカ捕鯨礼賛小説」だろうか。鯨に関する考証がやたらと長く、キャプテン・
エイハブのキャラが思ったよりも弱い(って、最近の物語のキャラがくどいだけかも
しれないが)という不満に加え、事あるごとに「捕鯨はアメリカがナンバー1さ。
他の国なんざイモだね。まあ、イギリスはそれでもましかな。」という話になって
いて、なんとも。
何時間くらいのフライトだったかは忘れたが、とにかくJFK空港に到着。飛行機
から降りてゲートに到着すると、そこにはS吉が待って…
「…いない。」
…あ、そか。電車の駅じゃないんだから、降りてすぐの所にいるわけないよな。
待ち合わせはどこだったか、もう一度段取りを思い出してみよう。
「何時の飛行機?」
「何時着の、デルタ○×便。」
「ん。そしたら、それに合わせて迎えに行くわ。」
…………
ロサンゼルス編、完。ニューヨーク編へ続く。