11.エリック還暦コンサート初日

ステージ、初日。

  誰がどう入ってきたとか、まずエリックがどんなことを言ったかとか、
 そういうこまいことは覚えていない。軽い挨拶のあと、バンドが適当
 なフレーズを奏ではじめると、日記なのか何なのか、エリックは一冊の
 冊子(ハードカヴァー)をめくりながら、即興で歌い始めた!

 「ある日、私はとある店でジョー・ターナーとジミー・ウィザースプーンに
  出会った…私たちは、ブルーズを歌った…」

 そんな内容だったと思う。感激だ。僕は何がすきって、こういう適当な
 ジャムにのせたエリックの即興ヴォーカルほど好きなものはないのだ。
 こういうことをやってサマになるエリックは、やはりかっこいいし、まだ
 まだ現役だと思った。

 「ああ、こんな素晴らしいものが観られるなら、顰蹙を買ってもいい
 からレコーダーを持ってくるべきだった!」

 心底、そう思ったし、実際、後悔している。なにしろ、チケットには
 録音厳禁と書いてあったくせに、ハンディカムで録画している人、
 カメラでパシャパシャ撮影している人(頼むから、高感度フィルム
 使ってくれ。フラッシュ使うな)、ごろごろいたのだ。

 次にバンドが演奏を始めたのは、オープニングの定番ともいえる
 「炎の恋」。そして「イッツ・マイ・ライフ」「若い思い出」「スカイ・
 パイロット」「悲しき願い」「タバコ・ロード」…と続いた。

 「スカイ・パイロット」を演奏したのはちょっと意外だったが、最近
 のステージでは再びレパートリーになっているらしく、この日買った
 オフィシャル・ブートにも収録されていた。「タバコ・ロード」は、
 ウォーと一緒にやっていた、あのアレンジ。途中から、「Get Up,
 Stand Up」へと、バンドがよくやるメドレーになっていた。

 実を言うと、ここで僕は少し興奮が醒めてしまった。何故か。

 「…やはり、往年のヒット曲をやっても、感激が薄い、かな…。」

 終始いつものレパートリーなら、そんなことは思わなかった
 かもしれない。しかし、最初のエリックの即興があまりにも
 良かったので…正直、少しがっかりしたのだ。

 エリック本人が今でも衰えていないことは、最初の歌でわかった。
 エリック・バードンは、今もすこぶる魅力的なヴィーカリストだ。
 でも、往年のヒット曲を歌っているエリックは、僕にとっては、
 少し魅力に欠けるのだ。これはこのときになって初めて感じた
 ことではない。数年前のライヴが収録されたDVDを観たときにも、
 同じようなことを感じた。いや、そのときには終始昔のヒット曲
 だったから、昔を越える魅力が見出せず、随分暗い気持ちに
 なってしまった。4〜5年前、ヴァン・モリソンが「この年で『茶色い
 目をした女の子』なんて歌えるか」ということを言っていたけれど、
 それと同じようなことだと思う。年を重ねたエリックには、その、
 今にふさわしい歌が他に沢山あるのではないだろうか?
 それとも、単に、僕がこれらの曲に耳タコで、感激が薄いのか?

 そんなバカな!

 いつものレパートリーが終わった所で、バンドメンバーが交代。情けない
 ことに何が誰とか、そういったことはよく聞き取れなかったし、今では
 あまり覚えていない。ただ、ここでロビー・クリーガーが登場したのは
 覚えている。

 ロビー・クリーガーは90年頃、エリックと一緒にツアーをやっていた。その
 縁からか、今回のコンサートにもゲスト出演したのだ。ロビー・クリーガー
 目当てのお客もいたのだろう、ここで俄然盛り上がっている人も大勢いた。
 曲目は「Backdoor Man」「Riders On The Storm」「Roadhouse Blues」。
 ドアーズのファンがどう思うかはしらないが、僕的には多少醒めた興奮を
 また呼び戻すことができた。ロビーのおかげだろうか?

 3曲演奏したところで、ロビー・クリーガー退場。客席からはもっと演奏
 して欲しい、という声が挙がっていたけれど、なかなかそうもいかない
 だろう。他にも、見せ場を作ってあげなくてはいけないゲストが来ていた
 から。

 ロビー・クリーガー退場のあと、トリシア・フリーマン登場。何を歌うのか
 と思ったら、「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」を歌っただけ。あまり
 面白くない。

 次に、テリー・リード登場。勢いよく「ジョニー・B・グッド」を歌った
 が、僕としてはこのへんで、せっかく戻ってきた興奮がまた醒めてしまう。

 レオン・ヘンドリクスが登場した頃には、もう集中力を欠いていた。何を
 歌ったか、まるで覚えていない。

 「予定出演者に挙がっていた、スペンサー・デイヴィスとかウォーのメンバ−
  は、どうなったんだ?」そんなことを考えてしまった。エリックのステー
 ジ自体はもちろん楽しめたのだが、この日のゲストはロビーを除いて期待を
 下回っていたのだ。

 「ゲスト目当てでないとはいえ、エリックのお祝いに相応しいだけの
  メンツが揃っていて欲しいよな…」

 そんなことを考えていたときだったか。インターミッションで、誰だったか、
 スタッフらしき人がステージに上がり、祝電(FAX)が届いているので紹介
 します、と言った。…祝電?たしか、こんな内容だったと思う。
 
 「還暦おめでとう。私は仕事のためにそちらへ行けませんが、心より
  お祝い申し上げます。

  ― ミック・ジャガー」

 おおおおっ!と盛り上がる人々。僕も、嬉しかった。かつてはストーンズ
 のライヴァルとされていたアニマルズ。エリックは、ミックと並び賞される
 シンガーだった。それが、今では両者の名声に大きな差があることを、
 寂しく思っているファンも多いだろう。

 だけれども、ミック・ジャガーはエリックのことを忘れてはいない・・・。
 それだけで、胸が熱くなってくる思いがした。

続く