2.ニューヨーク − ニューヨーク

前回まのあらすじ:空港で迷子になりかけた刀舟は、運良くS吉とのランデヴー
         に成功した。

 「荷物、それだけ?刀舟、少ない方やで。」

 「ん。そうかな。」

 「疲れてる?」

 「ん。結構な。」

 「そしたら、地下鉄にしようか思てたけど、タクシーにするか?」

 こういう所は、刀舟よりもS吉の方が気が利いている。

 タクシー乗り場でタクシーを待っていると、何やら相乗りタクシーのようなものの
客引きがやってきた。最初刀舟には何なのかまるでわからなかったが、S吉が慣れた
感じで交渉しているのを見て、「ああ、こいつの方が随分大人だ」と感心すること
しきり。結局、アメリカ人らしきおにいちゃん一人と、3人の相乗りでS吉の下宿へ
と向かうことになった。

 たったの3日間とはいえ、日本語を話すどころか気安く話せる人物もいなかった
刀舟、車の中では堰を切ったように喋繰りまわっていた。このときどんな話をしたか
きちんとは覚えていないが、とにかく言いたくて仕方がなかった愚痴ともつかぬ
四方山話を喋り続けていた。一方、相乗りの兄ちゃんは運転手と話をするでもなく、
ずっと黙ったまま。この兄ちゃんと運転手のおっさんが日本語を理解できたかどうか
は不明だが、ずーっと外国語でベラベラとしゃべられて、さぞ鬱陶しかっただろう。
いや、むしろ言葉がわかった方がイライラするものかもしれない。さらに、刀舟も
S吉も関西弁でしゃべっている(普段は標準語だが、気安い相手だと訛りが出易い)。
横浜から京急で都内へ一緒に帰ったとき、向かいの席に座っていたお嬢さんが僕等の
喋りに怯えていたことなどを思い出す。偏見だなあ。

 何分乗ったか、覚えちゃいないが着いた場所はウォール街の傍…なんだったか、
確かバァリィ・パーク(とみんな言っていたが、つづりはたしかbattery park)の
裏。自由の女神像に近く、ついでにウォール街の牛もすぐ近くの場所だった。普通、
留学生なんかが下宿しないようなロケ−ションだ。先日の惨事があった現場からも、
そう遠くはない。地下鉄の駅(これが、最後までどれがどの路線だかよくわから
なかったのだが)も近いので、便利そうではあった。

 相乗りタクシーの運ちゃんにチップを払いすぎだとS吉の注意を受けたあと、一流
ホテルの入り口かと見紛うような豪勢な強化ガラス張りの扉をでかいボタンで空けて
中へ。そして、そこには愛想のいいドアマンのおじいさんが僕らを迎えてくれた。

 …僕は思ったね。もう、こいつとは随分生活レベルに差がついちまったと。しかし
まあ、後で話を聞いてみるといろいろ不動産屋に足元を見られてろくに安い物件を
探すこともできなかったり、無理に家具を貸されたり…といった事情はあったそうだ。
家賃もさすがに、バカ高い。しかし、それを払ってなお生活できるのだから大した
ものだと思った。親のスネをかじってそれなら何とも思わないが、会社の試験をクリア
して社費留学、自分の稼ぎから家賃その他を払っているのだ。やはり、偉い奴だと思った。

 部屋が何階だったかは覚えていないが、階段を使う気にならないくらいなところ
だったのは覚えている。通してもらった部屋は広さにして…20畳の部屋にキッチン、
バストイレがついているくらいだったろうか?玄関から入って正面の位置には、
あきらかに市販とは思われないラックが組まれており(自分で木材を調達して組み
上げたのだ)、それによって奥の居間、寝室用スペースとキッチン、バストイレへ
向かう通路的空間を分けている。ラックの中には、でかいパソコンのモニター
(17〜20インチ)、そして日本から持ってきていた空冷ファン10コ付の組み立て
パソコン。…いや、このパソコンは部屋の隅に置かれた机の下だったか?まあ、
その辺はどうでもいいことだ。部屋の奥にはソファーがあり、てっきりここで寝る
のだろうと思ったら、なんとS吉は自分がソファーで寝るから、滞在中はベッドを
使えという。「疲れてるだろう」との配慮からだ。意外に優しいところのある奴なの
だ。この恩は忘れない。返せるかどうかは現在微妙だが。

 部屋について落ち着く間もなく、パソコンを起動。僕がメールを見たいと言ったのか
何だったか、よく覚えていない。…が、とにかく机に置いてある方のパソコンを起動
した。

 「お、Mがチャット入ってる。Mに刀舟着いたって連絡しとこか。」

 「…へ?」

 「最近、チャットで連絡とってんねん。」

 M、とはやはり学生時代の友人であり、このときは香港に出張していた人物だ。
なんと、ニューヨ−クと香港にいながら、そんな余技に興じていたとは。軽い疎外感を
感じながら、そのチャットとやらを覗いてみた。

 どうやら、マイクロソフト・ネットミーティングを二人とも導入していたらしい。意味不明な
メールがこの二人からたまに来ていたのは、ここから派生した話題にからんでのことだった
のかと一人合点する。

 Mとのチャット内容は、だいたい以下の通り。

 「さっき空港へ刀舟を迎えにいったのだが、待ち合わせ場所を決めていなかった
  ので、

  落ち合うことができなかった。

 ちなみに、この文を打ったのは刀舟自身だ。入れ知恵したのはS吉だが。

 「なんてことを」「大使館に連絡とかとった方がいいのだろうか」などと真面目に
答えてくれたMはいい奴だ。

 そしてメールのチェックとこの頃入会していた某MLへの書き込みを終わらせた後、
S吉は僕が全く予想だにしなかった次のことを言った。

 「なあ、バーチャやろうで。」

 …バ、バーチャってあのポリゴン対戦格闘ゲームの、あのバーチャファイターか?

 で、よくよくもう一台のパソコンを見てみると、なんとゲームパッドが繋いである。
…そうか。そういえば、日本にいたとき既にWIN用のバーチャ2で遊んでたような…。

 S吉、M、刀舟の3人はよくゲーセンで対戦格闘に興じたものだった。強さとしては、
S吉は強く、Mもなかなか、刀舟はかなり適当。そもそものレベルがそんな状態だった
から、ここ数年ゲーセンの格ゲーをやっていない刀舟がアメリカへ行っても鉄拳3に
興じていたというS吉に敵うはずもない。昔はできた弧延落から散弾裏蹴りもまるで
きまらない。このときのことについて、後にS吉は「強いかと思ったら全然弱くて不満
やった」と語っている。

悪かったなあ。

タイトルと内容の不一致を気にしつつ、続く。