5.マンハッタンだというだけで

 ほとんどの人がどうでもよくなっているのではないだろうか。
実は書いている本人もどうでもよくなってきているのだが、まだ
書きたいことも残っているので、ここで止めるということもできない。
続きを書かなくてはいけない。

 と、まあそんなわけで。アポロ・シアターへ行くには行ったものの、
中へ入って見物することは断念せざるを得なかった。残念だが、まあ
次にマンハッタンへ来たときにでも見に行けばいいだろう。

 マンションへ戻ったときには、S吉は既に提出しなければいけない
レポートを書き上げていた。その提出がてら、一緒にブリル・ビルデ
ィングを見に行くことにした。もちろん、それを見たかったのは刀舟
だけだったのだが。

 まずはS吉のレポートを提出するために大学へ…行ったと思う。
いや、レポート提出のためにどこぞの建物まで行って入り口の所で
待っていたのは覚えているのだが、なんだか大学っぽくない建物
だったので、本当に大学だったのかどうかよくわからないのだ。
もちろん、街中の大学なんぞキャンバスも何も無い、建物だけだったり
することも珍しくはないのだが。そして、その足でブリル・ビルディング
へ。とはいえ、特に変わったことをしたわけでもない。今この建物に
乗り込んで窓の外から「Up On the Roof」を歌ったところで、ただの
変な人だ。記念写真を撮るだけにしておいた。まあ、中が今はどうなって
いるのかとか、いろいろと興味がないわけではないのだが。

建物はまだ残っている。でも、通りに立ってこれを背景に写真を撮ってもちゃんと入らない。広角レンズならともかく。

ほら、わからんでしょ?写真は、道中中国人によく間違えられたこの私。

 「おし、じゃあゲーセン行こで。」

…マンハッタンへ来ても、S吉やMと行動している限りは日本にいるのと
あまり変わらない。違うのは、ちょいとアメリカ人が多いことぐらいだ。

 二人してゲーセンへ入ろうとしたところ、入り口のスタッフが「年齢
の判る身分証を提示してくれ」と言ってきた。生憎、S吉が身分証を持っ
ていなかったので、入ることを断念。「いろんなとこで見せろとか言わ
れるから持っとかなあかんで」と言っておきながら、自分が忘れている
あたりはゆかいなS吉さんだ。この身分証については面白い話もあるの
だが、それはまたの機会に譲ることにしよう。

結局、マンハッタンのゲーセンがどんなだったか興味はあったものの、
中に入ることはできなかった。だから自分の経験としてこれを話すこと
はできないのだが、かれこれ一年と九ヶ月ほど前にS吉からもらった
メールに詳しく書かれているので、それを無断で公表しよう。なに、
S吉のことだ。怒りはすまい。

以下、S吉にもらったメールからの転載。

この1週間、足に血豆をつくりながら歩きつづけてもどうしても見あたら
なかったものを今日、発見した。「ゲーセン」である。
34丁目のカメラ屋に行くのに、間違ってタイムズ・スクエア(42丁目)で
地下鉄を降りてしまい、しかたなく歩いていたら発見したのだ。失敗もし
てみるものである。

フロアの面積はさほど大きくないのだが、2階や地下があるのでゲーム
の台数はわりと豊富だ。1階にはドライブゲームとか鉄砲型のコントロー
ラーで画面に向かって打ちまくるやつとかばかりで、やっぱアメリカ人は
大味だから体感ゲームが多いのかなと思いながら2階に行ってみると、
おおっと!あるじゃないですか対戦ゲーム!

日本と違う点は筐体が縦長のスタンディングタイプであること、スティック、
ボタン、ボタンの間隔と、コントローラー部分がかなりでかいこと、コインを
いれるのではなくてあらかじめ自販機でプリペイドカードを買ってそれで
プレイすること、といったところだろうか。

で、いろいろあったのだがとりあえず鉄拳をやってみることにした。ニーナ、
アンナの姉妹チームでコンピュータ相手に順調に勝ち進んでいると向こう
のほうからでっかい黒人が迷わずこっちに進んでくるのが視界ははしに映
る。どんどんこっちに来る。あ、あ、あ、俺が遊んでる筐体にプリペイドカー
ド入れてるよ〜!

ということでスタンディングの筐体に黒人と二人ならんで対戦プレイである。
最初、相手はスネークとなんかだったと思う。そんなに弱くない。出が速く
当り判定も強い技を選んで、それもけっこういいタイミングで出してくる。
おお、やっぱり黒人は反射神経ええんか!などと思う。ただ、いかんせん
投げ、当身などは出してこないうえ、攻め手が割と単調なので、当身を狙っ
てみる。結構いい感じで決まった。

Nice catch!

とりあえずフロア中には響き渡っている。とんでもなくでかい声だ。

びっくりする。対戦続く。やはり得意のニーナ、アンナ姉妹ならわりと余裕を
持って戦える。そこで超必殺技、ニーナのハンティングスワンを相手の起き
上がりに重ねてみる。あ、いかん決まってしまった。

Gooooooooodddddd!!!!

いちおう平手だが、かなり思いっきり筐体をたたいている。でも楽しそうだ。
何だかこっちも大笑いである。どうしようもなく盛り上がってきた。

負けてもさらに挑戦してくる。勝ちっぱなしも悪いので、苦手なキャラを1人
まぜたり、2本取ったらしばらく力を抜いてあげたりした。そうするとやっぱり
接戦になる。ますます盛り上がってくる。

勝ったり負けたりしながら、とにかく何ゲームか終わったところで。

Oh! close game!
I like it!

で、こっちを向いて楽しげに右手を振り上げている。しかたがないので、僕も
「イエー!」などといいながら、何と言えばいいのかな、タッチする、という表現
で分かるだろうか、手を叩き合わせた。

バッチ〜ン!!!!

痛った〜!!!ちょっと待てい!少しくらいは力抜けよ!

とまあ万事こんな調子である。その後も彼は要所要所で雄たけびをあげ、
さらに数回手を叩きあってしまった。とにかくうるさいのだが黒人に横で実況
中継してもらいながら対戦ゲームをするというのは異常に盛り上がるぞ。それ
に自分のプレイに対する相手の反応がわかるというのも、けっこうおもしろい
ということを発見した。

というわけで、最終的は僕も「Oh! Nice timming!」とか言いながらプ
レイしてしまった次第である。

で、途中1回パンダを使ったのだが、そこで彼がぼそっと

「Oh、panda」ともらしていたのにはどうにも大笑いしてしまった。

転載終わり。

……さて。

 ゲーセン入りを拒否されたS吉と刀舟、「俺らが未成年に見えるかねえ」などと
軽くぼやきながら、向かった先は紀伊国屋書店。最新号の週刊少年ジャンプを買いに
行ったのだ。マンハッタンにいるからといって(以下略)

 マンハッタンに紀伊国屋がある、ということは別に驚かなかった。まあ、そんな
ものもあるかなあと思った。ジャンプくらい、売ってるだろうとも思った。しかし、
そこが

完全日本語環境

だったのには驚いた。売っている本も、なんだか日本人向けだ。それで売れるのか、
と思ったが、売れているようだ。S吉によると、「めっちゃオタクみたいな黒人の
にいちゃんが『マンガの書き方』とか読んでたりするで」という。ふう、む。

 紀伊国屋でジャンプを買った後…いや、その前だったかもしれないが、メッツの
ショップで今となっては貴重品、SHINJO Tシャツを購入。S吉がシャレで勧めて
来たものだが、そこはまっすぐシャレで返したわけだ。とはいえ、これを着るほど
野球好きでもなければ、ベタでもない。スポーツ好きの友人がいるので、その土産
にすることにした。その友人もシャレでしっかり受け取ってくれたが、「ぜひ着て
くれ」というリクエストは風に吹かれて彷徨っている。

 次に、S吉がアメリカ横断後ロスからニューヨークへ帰るときのための航空機
チケットを購入するためにHISへ。HISくらいあってもおかしくないと思ったが、
そこも日本語環境だったのは意外だった。そこでS吉がチケットを購入するために
店員と話をしている間、ジャンプの「ハンター×ハンター」「ヒカルの碁」を読み
ながら待っている俺。俺はこのとき、本当にマンハッタンにいたのだろうか。

 この頃にはもう暗くなっていたので、そのままファーストフードっぽい中華料理
屋で夕食を摂ることにした。腹が減っていたので「大盛で」と言ったところ、S吉
に「めちゃ多いからやめとけ」と注意される。結局並盛にした。この後の道中にも
S吉には食事の度に意見されることになる。このネタは後の伏線となっているので
覚えておいてもらいたい。

 この中華料理屋には他に3人ほどの客がいたのだが、その誰もが日本人。どうも、
留学生仲間のようで、当然日本語で話している。S吉によれば、マンハッタンには
「お〜○お茶」なんかを売っている店まであるらしく…つまり、その気になれば
マンハッタンにいるというだけで、日本の物を食って日本人の友達と、日本語で
ぶらぶらすることはいくらでも可能だということだ。

S吉「なんかなあ、『そんなんどこで買ったん?』とか訊いたら○×△にあるやん、
とか言われたんやけどそんなとこ知らんかってなあ。えらい笑われたわ。でもなあ、
それで飯も日本食屋に行ってとか言ってたら、何しにきてんの?って感じやろ。」

 ジャンプ買ったりしているだけで五十歩百歩といわれそうだが、まあS吉の言い
たいこともわかる。S吉の会社で同じく一年留学した人の多くは、適当に寮へ入っ
てしまうそうだ。「それじゃ面白くない」とわざわざマンションの一室を借りてい
るのも、この機会に日本ではできないことを、体験できないことをしたいという
思いが強いからだ。ジャンプ買って、「ハンター×ハンター」のコミックスが本棚
に並んでいるけれども。…まあ、そのくらいは「たまには伸びのひとつくらい」
してもいいかと見逃しておこう。

 結局、俺もS吉も気に入らないのは、日本でダメだった奴が海外へ出て、いきな
り良くなるわけないのに、わけもわからず海外へ、などというぼんくらどもが気に
食わないのだ。日本で語学の勉強をしなかった奴は、海外へ行っても勉強などせず、
小手先の会話だけで満足してあとは同じぼんくら仲間と日本語環境で遊ぶだけだ。
日本の学校を卒業できなくてアメリカの大学へ行って、やはり卒業できなくて日本
へ戻ってきて、人のコネで就職させてもらっておきながら「語学を生かせる仕事じゃ
ない」などと言って辞めてしまうような奴が嫌いなだけなのだ。

 その日の夜は、S吉が持っていた『マミー』のDVDを観てから寝た。それは偶然
にも、以前香港から帰る機内で上映された映画だった。これの邦題が『ハムナプト
ラ』だということは、この後で日本に帰ってから知った。

続く