1.ケネディ空港にて

 ………

 まてまて、もう一度段取りを思い出してみよう。

 「何時着の、デルタ○×便。」
 「ん。そしたら、それに合わせて迎えにいくわ。」

 …やはりそうか。空港のどこだか、まるで決めていなかった。

 「うーん。弱った。」

 一旦、ゲートから空港建物内へと歩いていったのだが、もしかしたら
搭乗ゲート付近の待機所でS吉が待っているかもしれない。そう考えた
僕は、またもと来た通路を戻っていった。途中、機内で世話になった
スチュワーデスのおばさんとすれ違う。「あら?」と怪訝そうな顔を
されたのが、妙に恥ずかしかった。

 「…んー、やはりここにはいないよな…。」

 ひょっとしたら、と思ったが、冷静に考えてみるとここまで迎えに
来ているなんてことはあり得ない。空港での出迎え場所というと、
どこだ?

 「Arival Area、だな。」

 どうかしていた。飛行機を降りて、空港から目的地へと向かう人々。
その誰もがまず通る場所といえば、Arrival Areaを置いて他にないではないか。

 そうと判れば、話は早い。案内に示された順路を歩き、Arrival Areaへ。
JFK空港は国内線、国際線両方の発着があるから、間違って国際線の方へ
行かないように気をつけなくてはいけない。

 「さて、国内線のArrival Areaは…。ふん、国際線がD〜Fね。じゃ、A〜C
のArrival Areaへ…。」

 行けなかった。

 正確には、このとき刀舟は既に

 国際線の

 Arrival Areaに到達していたのだった。

 「ど、どういうことやろ…。」

 つまり、こういうことなのだ。国際線のArrival Areaは、順路案内図にも
きっちり「Arrival Area」と書かれていたのだが、国内線のそれは「荷物
引渡し所」とまず表示されていたので…分岐路で、完全に間違えたのだ。預ける
荷物の無かったことが、仇となってしまった。不注意もちょっとあるが。

 困った。もしかしたらこっちにS吉来ているかも、とか思ったがそんなわけ
もなく、なんとか国内線のArrival Areaへ行かなくてはいけない。…が、不案内
な上に方向オンチの刀舟、空港を出て外回りでそんな所へ行くことの出来る自信
は全くない。とにかく、建物内から国内線側へ行くにはどうしたら、とうろちょろ
していると、Arrival Areaにいた職員ともヒマ人ともつかぬ黒人のおにいちゃんが
気安い感じで「ヘイ、どうしたんだい?」と声を掛けてきた。「友人を探している
んだ。」と言うと、ああ、そうかとばかりに笑って隣にいる仲間との話に戻って
行った。むう、道聞けばよかったかな。

 とにかく、また元来た通路を戻れるだけ戻って行く刀舟。そして判ったことは…

 「一旦空港内へ戻らないかんのか…。」

 そこで、適当なところから建物内部に入ろうとしたのだが…

 「おい!何やってる!そこは通行禁止だ!!」

 怒鳴られてしまった。そう、このとき入ろうとした建物内部は、金属探知機を
くぐらないといけない場所だったのだ。また飛行機に乗るわけでもないのに、
それはなんだか気の引けた刀舟、しょうがないので職員のおねえさんに道を尋ねる
ことにした。

 「すいません、国内線のArrival Areaへは、どう行けばいいんでしょう?」

 「ここを出て、あっちへ曲がってぐるりと回りこんだところですよ。」

 「どうも。」

 言われた方向へ出て行って、曲がって…。はて?なんか、空港から離れて行く
道のような気がする。不安になった僕は、まだ空港から離れないうちに別の職員
(やはりおねえさん)にまた道を聞いてみた。

 「ああ、こっちへ向かってずーっと歩いて行けばいいわよ。あの人(カート引っ張
 っている女性)について行って。」

 …え、と。

 「へ?あの、つまり…。」

 「彼女について行きなさぁい!」(早くしないと彼女行っちゃうわよ、といった感じで)

 ちくしょう、わかったよ!!

 …と、しばらく歩いていたのだが、それでも不安は拭えない。建物の周りをぐるり
歩けばいずれは到達するだろうとは思ったが、それはあまりにも孤独なうえに効率が
悪いように思えた。なにしろ、まるで知らない土地なのだ。不安なものは不安だ。
しょうがないので、また最初に道を訊いたおねえさんに「建物の中から行きたい」と
話してみた。答えはやはり、「金属探知機をくぐってください」だ。おねえさんたち
からすると金属探知機をわざわざくぐることの方が手間なのだろう、不思議そうな顔
をしていた。しかし、刀舟にしてみればここを通ってまた建物の中から行く方がよほど
楽だ。違和感はあったが、金属探知機をくぐることにした。

 しかし、このときの空港職員とのやりとりはなんというか、ちぐはぐな感じだった。
英語だからとかではなく、お互い相手の状況がわかっていないところからくるズレと
いうのだろうか。たとえ日本語環境だったとしても、僕は同じような状況に陥ったに
違いない。

 まあ、とにかく。なんとか無事、国内線のArrival Areaに到着。そしてそこには、
髪を伸ばしてウエスタン・ハットを被ったインディオのようなS吉が待っていた。
普段なら異様ないでたち、とさんざんコケにするところだが、このときばかりは
その姿が救いの主に見えた。

 「お。どしたん、ロスト・ラゲージ?」

 「いや。…出てくるところ、間違えてナぁ…。」

 「…場所、決めてなかったよナ…。」

 気づいていたか。

 お互い、こういう能力はさっぱりというか、はっきりいって大雑把だった。その昔、
5人の仲間(含む刀舟&S吉)で旅行に行ったときのことだ。旅行の写真現像を任さ
れたのは、この手のものをきちんと焼き増して皆に配る、ということを一番しそうに
ないぐうたらな男…つまり、この刀舟だった。それを危惧したS吉は、現像が終わった
と同時に「ネガと写真渡してくれへん?」と言って刀舟から写真を回収。曰く、「刀舟
ではいつまで経っても写真焼き増しそうにないからなぁ…。」と。

 それから早9年近く、そのときの写真が焼き増しされたという話はついぞ聞かない。
お互い、社会人としてのマネージメント能力に重大な欠陥を抱えているのだった。

続く