9.会場にて

  「もしかすると、自分は何か損してるんではなかろうか」

  そんなことを漠然と考えながら、おとなしく一般客として並んで
  会場内へ。

  会場は、少し大きめのライブハウス、といった程度の広さ。ホール
  への入り口となる通路に挿まれる格好で、バーが設置されている。
  ホールの両脇にはテーブルが並べてあり、中央はオールスタン
  ディングフロア。多少段差があるので、そこに座ることも可。
  後ろを振り返ると、2階にもいくつかテーブル席が用意されていた。
  もっとも、2階は一般客お断りのようだったが。

  テーブル席に座ろうと思って近寄ってみると、「Resereved」の紙。
  なんと、全席予約済みなのだ。これは…

  「間違いなく、ファンクラブの連中…だろうなあ…。」

  はっきりいって気に入らない。僕もファンクラブの一員ということに
  なるだろうから主催者捕まえて説明すればそこに座れるのだろう
  けれど、好かん。立っていることにする。

  なんか嫌だなあ、と思いながらあらためて会場を見渡すと、ホール
  内への入り口付近に出店発見。売っているものは…

  本。George Pearson 「Sex, Brown Ale and Rock 'n' Roll」
  CD。Eric Burdon and The New Animals 「The Official Live Bootleg 2000」
  Tシャツ。背中のガイコツに「Sky Pilot」と書いてあるのがイカス。

  「お?また、新しいCDが出たのか?」

  本は既に持っているもの(一昨年、某誌にレビューを書いた)だが、
  CDとTシャツは持っていないものだ。是非欲しい。すぐさま、そこに
  いた売り子らしきおじさんに尋ねました。

  「すんません、CDもう買えます?」

  「知らない。私は、本を売るだけだ。」

  …確かに、本だけ並べていたけれど…。

  しょうがないので、他の人が出店へ来るまで待つことにする。その間、おっさんは
  本の販売に余念なく、テーブル席に座っている人たちにチラシを配って回る。
  …その売り込み具合に、何かただならないものを感じた。どうも、仕事でやっている
  というよりは、本当にこの本読んでね、という念。いい本だから読んでね?いや、
  そうではない。

  私の書いた本なんです、是非読んで下さい。

  …そうだ、間違いない。あのおっさん、この本の著者だ。

  おっさんが戻ってきた所で、話し掛けてみた。

  「すみません、あなたはもしかしてこの本の著者ですか?」

  「ああ、そうだけど?」

  「僕は、あなたの本のレビューを書いたことがあります…そのとき、その雑誌を
   あなたに送りました(この人に頼まれたから)。」

  「!ああ!覚えているよ。」

  このおっさんの表情がうって変わって柔らかくなりました。

  それからこの人が僕になにやら尋ねてきたけれど、よく覚えていない。
  もっとも、僕の英語力不足もあるが。

  そうこうしているうちに、ようやくCDとTシャツを持っておにいちゃん登場。
  ライブハウスによく似合う、カッコイイ長髪にわりと男前のバンドマンといった…
  て、この人どこかで見たことある。

  …マーティン・ゲルシュビッツだよ。今、ニュー・アニマルズのキーボードの。

  ここで何か話かけてみても、邪魔にしかならないだろう。とりあえず、用件だけ
  済ますことにした。

  「すんません、CDとシャツ下さい。」

  「オーケー。シャツのデザインは2種類あるけど、どっちがいい?」

  「両方。」

  「え?どっち?」

  「あ、あの、両方です」

  「ああ、両方ね!はい、サイズは?」

  「Lで。」

  それだと結構でかいのだが、実はこのエリック関連Tシャツ、これより小さい
  ものがない。このときも、Lサイズですら探してやっとだった。

  でかすぎるぞ、アメリカ人(でも本当は小さい人もいるのになあ)。

  マーティン・ゲルシュビッツの対応は、そのまま店員さんになっても上出来、
  とても気持ちのよいものだった。いい人だ。

  そのときは既に8時頃、日が落ちてそろそろ寒くなってきていたので、ロング
  Tシャツの上に今買ったシャツを重ね着することにした。なかなかかっこいい。

  エリックのライヴでエリックのTシャツを着る、というのはいかにもベタだが、
  そんなベタな人が会場には何人かいた。僕も持っているシャツを着ている人
  数名、今着ているのと同じものを着ている人数名、僕の知らないシャツを
  着ている人数名。知らないデザインのものがカッコよかったので、そのシャツ、
  どこで買ったの?と聞きたい衝動に駆られたが、みっともないのでやめた。
  …しかし、そのシャツを着ている人も、どこかで見覚えがある。

  !ファンクラブ会報作っているフィルさんだ。

  そう思ったが、このときは確証がなかった上に忙しそうだったので、声は
  掛けなかった。ライブの後にでも、挨拶しておこう。

  8時半。開演予定時間が近づいたが、まだライヴが始まる気配はなし。
  会場内ステージよりのフロアー近くにある段差に腰を下ろし、ほけーと
  していた。すると、入り口の通路からギターを持って颯爽と入ってきた
  人物が…

  「!ヒルトン・ヴァレンタインだ!!」

  アニマルズのオリジナル・ギタリスト。「朝日のあたる家」のアレンジには
  この人の名前こそクレジットされるべきだったと故チャス・チャンドラーが
  語ったヒルトンその人だ。

  実は数年前、この人にはじかに会ってインタビューをしている。だから声を
  掛けたい衝動に駆られたのだが、僕の後ろをすっと通ってあっという間に
  ステージ裏の楽屋へ。
  楽屋に入るところで、フィルらしき人と拳をこつん、とあわせていたのが格好
  良かった。

  「しかし、ここは裏口ていうか、専用の出入り口はないのかねー。」

  なんだか、益々普通のライブハウスっぽい感じだ。よし、もしまたヒルトン
  が後ろを通ったら挨拶を…と思っていたら、今度は反対側を通って会場
  から出て行ってしまった(実は、2階へ上って行ったみたいなのだが)。

  ヒルトンに、そしてアニマルズのメンバーに話をできる機会はあるだろうか?
  少しさびしいものを感じながら、「ぼー」、としていたそのときだ。

  突然、

  「あなた、ネイオトーモ?」と、僕を本名(ちなみに、Naotomoなので向こう
   の人は皆ナオトモでなく、ネイオトーモと呼んできた)で誰かが呼んだ。

  そして、全く見覚えのない、眼鏡をかけた知的美人(そのときの推定年齢
  30台半ば〜)が笑顔で手を振りながらこちらへやってきたのだった。

続く