14.続・ロスを歩く

5月12日

 目を覚ましたときには、もう明るくなっていた。多分、10時とかそのくらいの時間では
なかったかと思う。

 「さて、今日はどのへんをぶらつくか?」

 ハリウッド・シアターもあればナッツベリー・ファームもディズニーランドもあるロス
へやってきて、「ぶらつく」もないもんだ。普通なら3日もあればテーマパークの1つ
くらい行って来るところなのだろうが、生憎とそんな行動力はなかった。それに、一人で
テーマパークへ行って遊ぶなんて、寂しすぎる。ツマラナイのだ。

 「まあ、ロスへはまた戻ってくるし…そういう所は、後で行けばいい。それよりも、
  一人でなければ行けない所へ行く方が大事だろう。」

 一人でなければ行けない所…。アメリカ大陸横断を持ちかけてきたS吉、随分面白い男
だが全く趣味の合わない点がひとつある。最新のJ‐POP通であるこの男、古レコード
屋とかアナログ盤には興味が薄いのだ。日本にずっといた刀舟よりもニューヨーク在住の
S吉の方が日本の音楽事情に詳しかったのはちょっとミステリーだが、まあそういうわけ
なので旅の途中でアナログ盤を漁る、という展開はあまり期待していない。しかも、この
旅行には他にも、S吉がニューヨークで知り合った大学仲間が二人参加するらしい。この
人達については後述するが、ざっとプロフィールを聞いた感じでは

 趣味が合わないどころか、この僕と会話が続くかどうかすら怪しい

人達なのだ。ただでさえ刀舟は人見知りで話術の下手な男。そういう人達とこの後行動
を共にしなければならないと考えただけで、気が重いというのが正直な所だった。

だから、レコード屋を見て回るのは、今しかないと思った。

 「ガイドブックに載ってた店は昨日行ったし…さて、今日はどこへ行こう?」

部屋に置いてあった電話帖で、中古レコード屋を検索。大雑把に「中古」とか「レコード」
の括りで探したのだが、いくつかそれらしい名前の店がみつかった。その中から、行って
みようと思ったのは2件。計画としては、まずハリウッド・ブルバード沿いの店へ。それ
からキャピトル・レコードの前を通ってハリウッド中心部へ。そこで適当にぶらついてから
南下、サンタ・モニカ・ブルバード沿いの店で買い物をしてから再び南下、宿へ帰るという
寸法だ。

 まだパンとフライドチキンがどっさり残っていたので、それらを水で流し込むようにして
食事終了。次の食事はもちろん、宿にもどって再びチキンとパンだ。

 湿気が低いからか、ロスでは日が出ているときとそうでないときとの気温差が非常に激しい。
この日は昼過ぎまで曇っていてやや肌寒かったので、軽く上着を羽織って表に出た。

 まずはヴァーモント・アヴェニューを北上するバスに乗り、ハリウッド・ブルバードへ。
うまいぐあいに、目星をつけた店はその交差点からそれほど遠くない位置にある。トラン
スファーを購入して、しばらくぶらついてからハリウッド・ブルバードを西に向かうバス
に乗れば具合がいい。ハリウッド・ブルバードは昨日降りた通りよりもさらに北。長くバス
に乗れて、意味も無く得をしたような気分を味わうと同時に、「降りるところ間違えない
かなあ。うっかり降りる合図するのをを忘れたらどうしよう。」などと、はじめてバスに
乗ったときの子供のような不安も感じていた。

しっかりと注意していたおかげで、間違わずに目的地で下車。さて、これから店の捜索だ。

「しかし…なんで、地図に番地が記入されてないのかな…。」

個人旅行者が大抵持っている某ガイドブック、かなり詳しい地図を載せてくれてはいるの
だが、番地が記入されていない。従って、地図に目印のない場所はガイドブックに記入
された建物や名所の番地から、「だいたいこのくらいのとこかなあ」と見当をつけるしか
ないのだった。

「まず、この道を東へ行ってみるか?」

東、と思った理由は簡単、西の方は店どころか建物もまばらだったのだ。しばらく歩いて
いると、何やら鉄格子を入り口に備え付けたごつい古道具屋発見。番地は…どうやら、この近くらしい。

「番地は××59だから…この店が××58で…。おお、隣かあ!」

目的地発見!そう思って見たその建物は…

「××60番地。おぉ?」

普通の建物だった。とても店には見えないうえに、番地も違う。考えられることとしては…

1.実はレコードのなさそうな古道具屋の中に存在していた。
2.既に移転済み。
3.通販専門で、店は構えていない。
4.化かされた。

…とりあえず。ここで古道具屋の中に入ってみた方が良かったのかもしれないが、
なんだか雰囲気に押されて入られなかった。なんというか、こう。映画『欲望』で
主人公が古道具屋のおやじに邪険にされるシーンがあったが、そんな目に会いそうな
雰囲気がして嫌だったのだ。

「まあ、いいや。ここはあきらめて、キャピトル・レコードの建物でも見にいくか。」

トランスファーを買っておいたから、これでもう一本のバスに乗ることができる。東から
西へと向かって伸びているハリウッド・ブルバード沿いに西へと向かうのだ。だから、
道路の左側に渡って…

って、アメリカの車は右車線だ。

こんな調子で、無駄に道路を渡ること数回。ロスを一旦発つ頃にはもう学習したが、
異国の異文化、習慣に困惑されっぱなしの刀舟だった。

 ところで。

 ロスについた初日の話で書き忘れていたのだが、こちらへ着いて困惑したことのひとつ
に「歩行者用信号機」がある。ご存知のように、信号機というものは国によって作りが
違う。後で知ったが、アメリカでは州によって採用している信号機が異なっている。
ニューヨークのように文字でもって「止まれ」「歩け」と言っているものはあっさり理解
できたのだが、ロスの信号機。これはちと戸惑った。日本の歩行者用信号機同様、図解に
よって行動を促しているのだが、「歩け」は日本と同じような

なのに対して、「止まれ」はというと

なのだ。「何に戸惑ったんだ?」と思うかもしれないが、僕が一瞬迷ったのは、

「え?こういう意味??」

横断歩道は手を挙げて。

…と、思ったからなのだ。しばらく、周りの人を眺めてみて
「ああ、こういう意味ね…」

待て。

と理解し、「国によって絵から受ける印象も違うのだなあ」と…。

ちなみに、後でS吉には「そんなん信号の色見たらわかるやん」と言われた。まあそう
言うな。

再びバスに乗り、ハリウッド方面へ。キャピトル・レコードの建物がある場所からハリウッド
中心部へは多少歩くことになるが、バスを使うにしても実に中途半端な距離だ。第一、歩く
ことは苦ではない。どうせ急ぎの用でもなければ、くまなく観光してやろう、などという気が
あるわけでもない。この見知らぬ土地をぶらぶら歩いているだけでも、結構楽しい性質なのだ。

…絶対、ニューヨークで合流する人達とはソリが合わない気がする。

とりあえず。キャピトル・レコード近くの通りの名前をしっかりと押さえ、下車予定地点を
確認。「乗り過ごしてしまった」「まだずっと先だった」などという無駄は避けなくては
いけない。バスに乗ること十数分、目的地付近とおぼしきアナウンスがあったので、そそくさ
と下車。キャピトル・レコードは…

「まだずっと先だった」

「…なんか、何もない所で降りちまったな…」

いきなりの大失態だ。何度も言うが、ロスというのは本当にだだっぴろい、田舎の街みたいな
ところで車が無ければ話にならないような所だ。にぎやかな場所と場所の距離が随分あったり、
何も無い道路の途中に日本で言えば郊外店のような店があったり…というような所なので、
場所を間違えると実に殺風景になってしまう。僕が間違えて降りた所も、実に寂しい所だった。

「…歩くか。」

地図から判断して、20分も歩けばキャピトル・レコードの建物まで行くことができる。そこから
また歩いて、ハリウッド付近をちょろちょろ歩いてみることにしよう。

歩いている人など全くいない、というか、歩くことを想定しているとはとても思えない道路を
進むこと約20分。右斜め前方に、キャピトル・レコードの建物が見えてきた。

「へー。確かに、一風変わった建物だな…。」

底の深い紙皿を重ねたような円筒状の外観。レコードをモチーフにしたもので、アイデアを
出したのは一説によるとナット・キング・コールだという話がある。
建物の正面まで行ってみたが、入り口はどうということのない、普通の門構え。中に入って見学
とかしていいのだろうかと少し思ったが、ここは会社で博物館ではない。社会科見学でもない限り
だめだろうと思って、やめた。さて、次はハリウッドの街だ。

この後、どのくらい歩いたか正確なところはよく覚えていないが、それほど遠くない所に
ハリウッドの市街地があるので、おそらく10分も歩かなかったのではないだろうか。ここまで
くればうるさい観光客でも満足するような見物が沢山あるのだが、このときの僕は大して
がっついていなかった。

「まあ、地面にある手形くらい見とこうかい。」

そー思って、手形があるというチャイニーズ・シアターのあたりへと向かった。

途中で(劇場の名前は忘れたが)「ライオン・キング」を上演している小屋があったように思うが、
そういう所も突っ切って行った所に、「ウォーク・オブ・フェイム」発見。知らない人のために
簡単に説明すると、商店街(?)の舗道に、スターの名前を書いた星型の敷石がざっと5キロほど
続いているのだ。

「…見てみると、味気ないもんだな…」

正直、そんなに楽しいものではない。商店街をぐるりと見てみると、Tシャツだのハリウッドに
ちなんだおもちゃ(人形の類)を売っている店だのいろいろあったが、中をのぞいてみる気にも
ならない。

「いつになったら、チャイニーズ・シアターへ着くのだろう?」

この頃になると、もう日が出てきて、随分と暑くなっていた。加えて、間抜けな理由で余分に
歩いていたので、正直疲れてきたのだ。それに…

「…デビルマンと、キューティーハニー…?」

禍々しい悪鬼のごとき形相のデビルマン(って、デーモンだから当然だが)に、アメコミライク
なけばいキューティーハニーの人形がショーウインドウに飾られているのを見たとき、僕は

どぉっ

と疲れたのだ。えーい、もういい、今日はもう一件のレコ屋だけ行って帰って夜まで休む!!

くるりときびすを返し、逆方向へ向かうバスに乗ったのだった。

 余談だが、この刀舟が適当にぶらついたところにも、いろいろと見て回るスポットはあった
 ようだ。自分は「地球の歩き方」を単なる地図としてしか使用しなかったため、まるで気が
 つかなかった。尚、チャイニーズ・シアターには再びロスへ来たときに行ったのだが、
 何とこのとき引き返した場所のすぐ近くだった。「何事にも先達はあらまほしきことなり」
 というやつだろうか。

続く