13.アテ外れ?

 ショウが終わり、大半の観客はわらわらと出口の方へ。時刻は既に12時過ぎ、
 「下手にうろつくと危ない」といろんなガイドブックが脅してくれるロスの
 夜。

 「…タクシーで帰るか?バスは夜危ないって言うし…。」

 そんなことをしばし考え、ステージ手前に佇んでいた。ちょうどそのとき、
 後片付けが進むステージ上に、フィルさん登場。今なら挨拶する暇くらい
 ありそうだ、そう思った僕はフィルさんの前まで行き、こう切り出した。

 「失礼。あなたがフィルさんでしょうか?」

 すると、フィルさんは意外なことを言った。

 「ネイオトーモかい?私は今日、君に電話したんだぞ?」

 …そうなの?

  説明しよう。僕は日本を発つ前に、フィルさんに「僕はここに宿をとって
  ます。住所と電話はこれ。お会いできるといいですね。」という社交
  メールを送っていたのだ。

 電話…一体、いつかかってきたのだろう。部屋にいないときか?でも、
 宿は伝言くらい受け取って…くれないのかも…。

 しかし、ジャーメインさんといいフィルさんといい、たかだかこの刀舟に
 なんと親切なことだろう。渡る世間に鬼はなし、だ。

 「今日、ここへは車で来たのかい?」

 「いえ、バスで。」

 するとフィルさん、刀舟の近くにいたカーリー・ヘアーの女性に

 「おーい、彼をホテルへ連れて行ってあげてくれよ。」

 と言った。

 …え?それって、どういうことだろう?僕が彼らと違うホテルに泊まって
 いることは、フィルさんは先刻承知のハズだ。つまり…僕を送ってくれるの?
 やはりロスの夜バスは危ないから、気を使ってくれたのか?しかし、いくら
 なんでもそれはムシが良すぎる話だ。

 そこで、素直にフィルさんたちが泊まっているホテルへ、という意味
 ではないかと解釈してみた。しかし、何故刀舟が彼らのホテルへ連れて
 行かれるのか?そこには当然、大勢のエリック・ファンがいることだろう。
 案外、パーティーなんかやっているかもしれない。

 君も一緒にパーティーに参加したまえ。

 …もっとムシがいいような気もするが、その解釈の方が自然だ。もっとも、
 もしかしたら僕が聞き取れなくて、「彼のホテルへ送ってあげてくれ」と
 言っていたかもしれない。はっきりとどういうことか問いただす度胸の
 ない僕は(言葉通じないからしんどいし)、この場合取りうる最善の
 手段を選んだ。成り行きにまかせたのだ。

 この女性、シカゴからやってきた、やはりEBCN参加者の一人。気さくな
 人で、何やかやと話し掛けてきてくれた。

 「私は、シカゴから来たの。ちょっと遠いけれど、あなたにくらべれば
  全然大したことないわね。日本からだと、飛行機でどのくらいかしら?」
 
 「10時間、てとこです」

 「まあ、それは大変ね!」

 「きついっすよ。」

 「今日、会場へは一人で?私は、他の人に車に乗せてもらったの。ほら、
  紹介するわ。この人(眼鏡を掛けた、博士っぽい人)はドイツから。
  こっちの彼は、アメリカ人よ。彼(ドイツの人)の車で来たの。」

 「あ、こんにちは…。」

 何故ドイツの人が車所持者だったのかは、今もって謎だ。

 この3人と一緒に、会場近くの駐車場から車に乗ってエリック・ファン
 がわんさといるモーテルへ。この間、いつ「あなたのホテルはどっち?」
 と聞かれるのかとドキドキしていたが、ドイツの人が事も無げに僕の
 宿へ向かうのとは反対方向にハンドルを切ったので、「ああ、これは
 パーティーだな!」と一人合点。とはいうものの、「もしこの人達が
 俺が同じホテルに泊まっていると勘違いしていたらどうしよう?いや、
 でもそれなら会場まで面識ないのおかしいって思うよなあ。」などと
 あれこれ考えていたりもした。その間、カーリーヘアーの女性は
 あくまで気さく、どんどん話しかけてきてくれる。

 「私、Kyu Sakamotoの『Sukiyaki』が大好きなの。日本では、この人
  のことをなんていうの?」

 「坂本 九」(全くイントネーションなしに、日本語発音で)

  …今、この文章を書いていてふっと思ったのだが、もしかしたら
  この人は『「スキヤキ」は日本ではなんていうタイトルなの?』
  と聞いたのではないかとちょっと思った。…まっいっか−。
  例え「上を向いて歩こう」と、やはり日本語で言ったとして、
  まず聞き取れなかっただろうから。これは後でニューヨークに
  行ったときに友人S吉君から聞いた話だが、アメリカ人相手に
  普通に日本語の名前を言ったとして、まず聞き取れないのだ
  そうだ。本当か嘘かはしらないが、そういうことにしておこう。

会話の続き

 「今、日本で一番人気のあるアーティストは誰?」

  そりゃあもちろん、あの人だろう。

 「えーと…。」

  ………あ、あれ?

 「あ、あのですね…その…」

  …ど、どうした?

 「女性シンガーで…えと…

  …名前、忘れたんですが…その…」

 「あら、そうなの!そのうち、ジャパニーズ・インベイジョン
  があるわね!」

  いや、それはちょっと…よく解らないけれど…。

  とにかく、恥ずかしかった。後でS吉に話したら、「あかんな」
  と軽く見捨てられてしまった。

 そんな刀舟の動揺は知らずもがな、車はあっさりと彼女らが宿泊
 するモーテルへ。駐車場へ到着するなり、気さくな人はこう言っ
 てきた。

 「ところで、あなたの部屋は何階なの?」

 …ハズレ…

 「あ、その…ここには泊まってないんですが…」

 「あら!やだ!彼(フィルさん)、きっと勘違いしてるわよ?」

 笑いながらそう言う気さくな人。苦笑いする他2名。失意をこらえ、
 力のない愛想笑いを浮かべる刀舟。

 「あ、まあ…ここの方がタクシーとか捕まえやすいでしょうし。
  どうも、ありがとうございました…。」

 カッコ悪い〜!

 しょうがないので、ちょうどやってきたタクシーに乗って自分の
 宿に帰ることにする。

 帰りに乗ったタクシーの運転手、なんとロシアからやってきてまだ
 1年そこそこのおにいちゃん。聞けばタクシー暦半年とか。ウェスト
 を「ヴェスト」と発音していたのが印象に残っている。
 この人のビザがどうなっているのかはよく知らない。

 10数分ほどで宿に到着。コンサートには満足したが、なんだか
 いろいろ気を揉み過ぎて、正直疲れてしまった。シャワーでも
 浴びよう、そう思ったとき…

 ジリリリリン!

 電話のベルが鳴った。…も、もしや!

 「もしもし?」

 「……」

 「ハロー?ボンジュール?グーテンターク?」

 「ボソボソボソ…」(なんか、後ろの方で聞こえるヤバそうな囁き声。
  誰も話しかけてこない。)

 …チン!

 「疲れているし、もう今日は何があっても寝たい…。」

 わけのわからない電話に、時間を割くなんてまっぴらだ。
 短気者の刀舟、あっさり電話を切ってしまった。

 「大事な用件なら、またかかってくるサ。」

 そういうことにして、この日は靴下とパンツを洗ってから
 寝た。

続く