17.気にするな!

 「あなた、エリック・バードンに会えたのよ。」

  な…な…ぃ〜〜〜〜!!

 何と言うことだろう。前日、この刀舟が予想していた展開。それは皮算用どころか、
ビンゴを通り越して大金星だったのだ。…もちろん、あのままホテルに残っていれば、
の話だが。そして、前日の夜中に掛かってきた電話のことを思い出す。あれは、やはり…。
(しかし、本当の話、僕がいくら話し掛けてもまるで返事は返ってこなかった。
 …水道管の次は、電話機の不良に翻弄されたのだろうか。)

 「昨日は、とても気が重かったわ…。私が知らなかったせいで…。」

 「あ、いえ、あなたの落度ってわけではないですから。」

 今更責任追及したところでどうなるというわけでもない。死んだ子の歳はよく
数える方だが、この時はそんな気にならなかった。…もっとも、後でエリックが
その場にいた写真という奴を見たときには、ちょっぴり悔しい思いをしたけれど。
まあ、そんなことを一々追求するのは男…いや、漢とは言えまい。

 「今日はここへ来てから、ずっとあなたを探していたのよ。さ、こっちへ来て、
  私たちと同じテーブルに座って頂戴。昨日、一緒に車に乗った人たちもいるわ。
  昨日あの後、フィルがエリックを連れてきて…日本から来た人が居るっていう
  から、あなたの他に誰か来るのかしら、なんて思っていたけれど。」

  ここで、本当に誰か来たのか、僕のことだったのかは知らない。

 「あなた、今日、フィルには会ったかしら?」

 「いえ、今来たばかりなので。」

 「彼もとても気にしていたの。だから…」

 「ええ、話しときます。」

 「歌にもあるけど、どうか、私のことを誤解しないでね(DON'T LET ME BE MISUNDERSTOOD)
 (笑)。」

…面白いこと言うなあ…。

 さて。このご婦人に促されるまま、テーブル席付近へ。ご婦人はというと、カメラ片手にまたどこか
へ行ってしまった。テーブル席を勧められたものの、どうにも座る気になっていなかった僕は、
テーブル席とフロアーの境目になっている手すりにもたれ掛かっていた。

 すると、うしろから「ヘイ」と呼ばれたような気がしたので、振り返ってみると、どこか
見覚えのある人がいた。昨日、一緒に車に乗った人達だ。

 「君は、昨日一緒に車に乗ったよね?実は昨日パーティーがあって、エリックも来た
  んだよ。」

 「ええ、聞きました。どっちかだと思ったんですよ。つまり、パーティーか、単にホテル
  へ便乗させてもらったのか…。それで、その…単に、ホテルへ送ってもらっただけだと
  思って、自分のホテルへ。」

 かなりたどたどしい英語だったので、微妙な間の存在。いかん、ちょっと気まずい。

 「エリックも、君に会えなくて残念だったみたいだよ。君は、エリックに会ったことはあるの?」

 何!それは社交辞令でも嬉しいぞ!!何しろ、悪い印象残しているだろうと思っているから、
エリックに会うのは嬉しい反面、怖いというのもあるのだ。どこが漢だ。

 「え、と…2年前、香港で…。」

 「ああ、そうなんだ。今日、フィルには会ったかい?彼はずっと君を探し回っているよ?」

む、そうなのか。フテ寝していてぎりぎりになったと言うことも出来ず、なんだか申し訳ない
気分になってくる。

 そのテーブル席付近で待つこと数分、フィルさん登場。

 「やあ!昨日、実は君をパーティーに招待するつもりだったんだよ。今日もやるけど、
  どうする?」

 「ええ、是非!」

 「オーケイ。じゃあ、彼(刀舟のこと)も今日参加するから、ライブの後でまた送って
  あげてくれ。彼はわざわざ日本から来たんだ。」

車持ちのドイツから来た人(何故この人が(以下略))にそう言うと、いろいろ忙しいので
あろうフィルさんは、その場を立ち去って行った。

 さて。それからしばらく、どうしていたのか…。とにかく、「刀舟さん、お坐んなさい、」
と誘われたけれども、「あーとーで」と断って、やはりフロアーでぶらぶらしていたのは
覚えている。

 しばらくして、再びカーリー・ヘアーのご婦人登場。どうやら、フィルさんと僕がもう
会ったことは誰かから聞いているらしかった。

 「あなた、フィルとはもう話したんでしょ?パーティーへは来るのかしら。」

 「ええ、もちろん。」

 「今日もエリックは来るの?」

…そういえば、肝心なことは聞いていなかった。今日も来るの?

 「それは、聞いてないんですが…。」

 「そう。じゃあ、聞いておいてあげるわ。日本からわざわざ来たんですもの!そんな
  大ファンが、会えなくちゃ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 責任を感じているのか、世話焼きなのか。いずれにしても、親切な人だった。さらに、
刀舟が立っているのを見てどう思ったか、しきりに席を勧めてくれる。

 「あなた、お座りなさいな!」

 「あ、いえ、立つの好きですから。…えと、気になりませんから。」

 いかにも嘘っぽいかと思ったが、テーブル席で座る気にならなかったのは事実だ。
…どうにも、居心地悪い感じがしたのだ。言葉も通じないし。

 「あ、そうね!あなたは、きっと踊るのね!!」

 「え、あ、はは、まあ。」

 この場合、この人の視界内では踊っていないと気まずいのだろうか。

 「でも、今は座ったら?ほら、そこ。ちょっと、いいかしら?」

 なんと、フロアーの段差に座っている人をどけて、場所を作ってくれた。…なんか、
悪いことしたみたいだ。さすがにこれは断れない。そこへ座ることにする。

 「あ、ありがとうございます。」

 「いえいえ。ショウを楽しんでね。」

 そんなやりとりが続く中、ようやくステージにバンド登場、演奏が始まった。
…正確には、僕が座ったぐらいからイントロのギターが鳴りはじめていた。うめく
ようなギターとハープが耳にべっとりこびりつく、この曲は…

CANNED HEAT、「ON THE ROAD AGAIN」
 

  
続く