地下鉄 銀座線ストーリー

本日は御乗車ありがとうございます。
ここはお馴染み地下鉄銀座線の事を、ちょっと裏側まで紹介するページです。


 ●新橋駅の謎

銀座線を渋谷から乗って、虎ノ門駅を発車してしばらくすると、電車はゴトゴトと隣の線路に移って、もう少し走ったかな?と思ったら新橋駅に到着する。これに気が付いた人はいるだろうか。もっとも「電車でGO!」が流行ったせいで、先頭の車両の一番前に陣取っている人も多い今日この頃である(爆)。もしこのチャンスに恵まれたら、線路が真っ直ぐなのになぜか脇道にそれるのが判るはずである。

前に話をしたとおり、新橋駅は東京地下鉄道と東京高速鉄道の両方が存在した時期がある。結局残ったのは東京地下鉄道の新橋駅の方で、東京高速鉄道の新橋駅はたったの8ケ月使用されただけで、その後は夜間の電車を留めておく(留置という)場所に成り下がってしまったのである。銀座線は夜遅くに浅草発新橋行きがあって、新橋でお客を降ろして虎ノ門の手前で停車、そのまま真っ直ぐバックして留置線へ。渋谷からはそのままその留置線へ回送。朝はその逆で1本は虎ノ門の手前まで戻ったあと新橋へ移動し、そのまま浅草行きに変身する。もう1本は虎ノ門へ出て渋谷行きとなる。

東京高速鉄道の駅は機能本意というか余り装飾性を持たなかったが、この新橋駅だけは別で、駅名の壁の表示をタイル貼りで、しかも漢字で「橋新」(当時は横書きの書き方が逆だ)と書いた。これは現在駅員、営団関係者以外は見る事が出来ないのが非常に残念である。

その元の駅はいったいどの辺りにあるのかというと、実は今の新橋駅に隣接しているのだ。JR口からキップ売り場へ降りると、ここが元の東京地下鉄道の新橋駅。昔はここに地下鉄創始者の早川徳次の銅像があったが、今は葛西の地下鉄博物館に移設されている。さて西側の田村町寄りに渋谷方面専用改札口があるが、この横の駅事務室がその東京高速鉄道の新橋駅があった場所なのか?そして…いくつかあるドアを開けると…駅があってその奥に幻のホームがあるのだろう。

この今は営業に使われていない元東京高速鉄道新橋駅ホームは、その後物置となったが、職員の士気の低下によりかなり荒廃していたらしい(営団OB氏談)。1997年12月、銀座線は開業70周年を迎え、記念イベントとしてこの元のホームから列車を仕立てた。このイベントに向けて、ホームの大掃除が行われたという。 その後の何度か同様なイベントが行われ、幻の新橋駅の存在は知られていくようになる。


この区間を乗車の節には、一度よーく注意して外を見てみて下さい。暗がりに延びていく謎の線路が判ります。そしてその奥には…。

次回は、日本でたった一つしかないものについての話です。

【予告】

上野検車区の謎

【参考文献】

鉄道ジャーナル 1974年10月号 特集「日本の心臓 東京の鉄道 第一部」 (株)鉄道ジャーナル社
鉄道ジャーナル 1974年11月号 特集「日本の心臓 東京の鉄道 第二部」 (株)鉄道ジャーナル社
鉄道ファン 1986年11月号 特集「日本の地下鉄1986」 (株)交友社
鉄道ファン 1991年9月号 特集「営団地下鉄50年/6000系電車20年」 (株)交友社
鉄道ファン 1994年1月号 特集「全国地下鉄事情」 (株)交友社
鉄道ファン 1998年6月号 特集「地下鉄ネットワーク」 (株)交友社
私鉄電車のアルバム 1A (株)交友社
ぴあMAP 東京・横浜 '98〜'99 ぴあ(株)

【協力】

帝都高速度交通営団 地下鉄博物館 地下鉄互助会

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