モスラ闘病記7



キエリボウ氏の優雅な生活
(月刊ALL BIRDS 2000.1月号)
ペレット食べた!

 朝晩、私とモスラの幸せな投薬タイムは続いていた。
 モスラの舌は、先が丸い。色はチャコールグレーのような感じで、きれいなサーモンピンクのカックとはかなり違う。人間のように平べったくはなく、厚みのある円筒形か。う〜んと伸ばすと、奥の方が何やらポケット状になっている。説明しにくいのだが、どうもこのあたりが、彼らがおしゃべりが得意な秘密ではないかと秘かににらんでいる。

 1週間が経ち、電話すると先生が「もう少しこの薬を続けてみましょう。お薬作っておきますから取りにいらして下さい」と言った。翌日、モスラのフンを持って薬を受け取りに行く。
「今回は、ビタミン剤を加えてみました。たかがビタミン、されどビタミンですからね。ちょっと粉っぽいかも知れませんが」

 大切に薬の瓶をしまい込む。1週間分の薬は1000円。交通費も往復で1000円以上かかってしまうが、モスラのことを思えば仕方ない。せめて日曜日にも診療があれば車で、モスラも連れて来られるのに、と少し残念に思う。夫は毎週土曜日が休みとは限らなかった。

 しかし、この薬を飲み終わった頃には診察を受けるようにと言われ、今週は休みだったかな?と頭の中のカレンダーをめくりながら「ハイ」と病院を後にした。

 粉っぽい、という先生の言葉通り、モスラはちょっと顔をしかめたような、いつもと違う・・・というようなリアクションを見せたが、心配するほどのことはなく、喜んで薬をなめた。しかし、薬の後に水をガブガブ飲んで、まるで口直しでもしているかのようだ。
「ビタミンだというから、もしかして酸っぱいのかな?」と勝手に解釈してみたりした。モスラはこの薬もきちんと全て飲むことが出来た。

 先生は好きなものをドンドン食べさせて良いと言ったが、私は何となく心配だった。自主的にヒマワリの量を減らし、あとは鳩のエサと申し訳程度のペレット。いつかは食べてくれるのではないかという、諦めきれない思いがあった。

 以前、待合室で一緒になったセキセイのカゴには、エサ入れにあふれんばかりのシードが入れられていた。狭いカゴの底には水浴び用の和風の容器に、これまた水がたっぷり入っている。水分制限して、朝夕しか水入れを入れないことにしているモスラ。こんなに水をもらったら、狂喜して顔を突っ込むんだろうなあ、と思いながら見ていた。

 野菜やフォーミュラーだんごからいつもの鳥用のエサに戻り、モスラの食欲はアップしていた。一応、食べきる量を、と少なめにしているのだが、それでも日に4回はオカワリコールが入った。
 体力が一番と、せっせと食べさせた。以前のすっかり食が細くなって、フンの量もちょっぴりだった頃とは見違えるようであった。
 気になる症状は相変わらずで、たまにしっかりしたフンをするな、と思えば次には流れるほどの水分を排出したりといった具合だ。

 しかし、新たな展開もあった。
 ある日、忙しくほとんど1日中外出していて、モスラのエサを朝しか入れていなかったときのこと。ふと思い立って、いつものシードは入れずにペレットだけにしてみた。そして、期待と共にまた壁の影に身を隠し、息を殺してモスラの様子をうかがっていた。

 すると、期待通り、おなかを空かせたモスラがペレットを食べ始めたのである! それも、ちゃんと固形のまま!
「やった〜、食べた〜!!」思わず叫びそうになる。何だかジーンと胸が熱くなってきて、大急ぎで友人にメールを書いた。

 モスラの病気やペレットのことを相談していた友人に、真っ先に嬉しい報告をしたかった。ほとんどの人が「10年もヒマワリを食べてきたのだから、ペレットへの切り替えはまず無理」と言っていた。そんなときにも、「あきらめないで、頑張って!」と励まし続けてもらった彼女に、真っ先に知らせたくて。

 ペレットに替わったからといって、モスラの病気が治るとは限らない。しかし、もしこの病気が永年の食餌によって引き起こされたものならば、小さな一歩ではあるが、希望が見えて来るのではないかと思わずにはいられなかった。

 ペレットを食べるようになっても、やはりヒマワリには未練があるらしく、カックのオカメ用ミックスシードのヒマワリをじーっと見ている姿が可哀相で、カックにエサをあげるときは隠れて、モスラに見られないようにと気をつかった。
 そして、やはりいきなりペレットオンリーは無理があるだろうと、鳩のエサも少し混ぜてやるようにした。

 モスラはペレットもシードもしっかり食べ、病院で再度体重測定をしたときには、以前の620gから660gにまで戻っていた。心配だったカンジダと腸内細菌のバランスも、もう大丈夫と嬉しい報告を受けた。

 それから、ビタミン剤と腎臓、肝臓を保護する薬は1か月半、朝晩与え続けた。しかしモスラの多飲多尿は改善されなかった。

つづく