モスラ闘病記6



キエリボウ氏の優雅な生活
(月刊ALL BIRDS 1999.12月号)
新しい薬

 動物病院にフンを持って行った1週間後、結果を聞きに私だけで出掛けた。犬の予防接種も一段落したのか、その日の病院は空いていた。受付に診察券を出して少し待つと、すぐに中に呼ばれた。

「腸内細菌のバランスが崩れていますね。それで、カンジダが出てきてしまっています。これは抗生剤投与による副作用みたいなものですから、もう抗生剤はやめましょう。脂肪円柱は出ていませんでした。それから、多飲多尿ということから見て、やはり肝臓、腎臓、糖尿などが疑われますね」

 先生は相変わらず、てきぱきと歯切れ良く検査結果を説明してくれた。
 抗生物質の副作用は人間にも言われているが、鳥もやはりそうなのか、と変なことに感心してしまった。

「さて、お薬なんですがね」先生はニコリと笑う。
「どんな薬でも、飲んでもらわなきゃ困りますからね。今までは、どうしていましたか?」

 先生に今までのつらい投薬の話をした。注射器で飲ませようと頑張ったが無理だったこと、粉薬をサツマイモのおだんごに混ぜ込んでどうにか食べさせてはいるが、そろそろこれも限界のようで飽きられてきていること、などなど。

 ふんふんとうなずきながら聞いていた先生は、机の書類ケースを開けて点眼瓶を取り出した。中には液体が入っている。
「お薬は、肝臓と腎臓の保護剤と、整腸剤をお渡しします。飲みやすいようにシロップに溶かしますから、これを朝晩5滴ずつ、飲ませてください」

 待合室で会計を待つ間、中では先生がごりごりと薬を混ぜる気配がしていた。小さな点眼瓶に、白く濁った液体の薬はだいたい1週間分だということだった。可愛い「タマとポチ」のキャラクターの袋に入れられた薬を大切にバッグにしまい込む。

「薬が無くなった頃、電話して様子を知らせてください。それによって、また薬を用意しますから」

 先生は、鳥が大型なこと、家が遠くて通院が大変であろうことなどを考慮して、モスラが来なくても薬を出してくれると言う。そして、1か月後くらいにまた体重を計ってみましょう、ということだった。
 ありがたい。鳥は、移動だけでもかなり影響を受けるものだ。まして体調が悪いときともなれば、その体に対する負担はいかばかりか。

 モスラの移動は、実はカックのカゴを借りて来ていた。留守番のカックは、どどーんとだだっ広いケージの中にちょこんと(ホントにどこにいるのか、気をつけないと見落としそうなほど)「どうしたらいいの?」という感じで、太すぎる止まり木に一生懸命につかまっていた。

 逆に、カックのカゴの入口はモスラには小さすぎるので、底とカゴを外して出し入れしていた。モスラは細すぎるカックの止まり木に必死でしがみつき、車が揺れるたびにバランスをとるのが大変そうだった。下に降りていれば良いものを、と思うのだが、やはり鳥にとって止まり木というのは大切な、こだわりのあるものらしい。どんなに大きく揺れても、決して下に降りようとはしなかった。

 移動中、モスラは水分の多いフンを小出しに何回もしていた。精神的にストレスになるのだろうな、と思うと可哀相だった。しかし、もっと遠くに信頼できる獣医師を頼って出掛けるという話をよく聞いていたので、ウチはまだ良い方だ、と思わずにはいられなかった。

 その移動が軽減されるだけでも、ほっと肩の荷が下りたような気持ちである。モスラはすっかり覚えてしまい、カックとカゴを交換しようと扉を開けても、なかなか出て来なくなっていた。それだけでも、かなりな時間と忍耐のいる仕事だった。通院は、鳥にも飼い主にもあまり嬉しいものではない。

 さて、新しい薬にモスラはどんな反応をするのであろうか。今度はうまく飲んでくれるのだろうか。
 私の頭の中に、一つのイメージがあった。それはAB誌143号(99年2月号)に掲載されていた『差し餌のための小道具』でのひとこま。とても小さなボタンインコの未熟児に、プラモデル用の着色スティックで差し餌している写真であった。なぜかその情景が残っていて、モスラの今度の投薬はこうしてみよう、といつの間にか決めていた。

 早速取り出したのは、ファーストフード店などでコーヒーを頼んだときに付いてくる、耳かきのようなプラスティックの細長いスプーン。これは以前、東京ディズニーランドに行ったときに、あんまり可愛いのでとっておいたアタマがミッキーの形をしたものだ。実はおもちゃ屋さんのプラモ売場を探したのだが、どうしても着色スティックが見つからなかったのであった。

 何ごとかと見ているモスラのケージの前で、スプーンに点眼瓶からポトン、と1滴薬を落とす。そのままモスラに「ハイ!」と近づけると、さすが好奇心旺盛がウリだけあって、つっとクチバシを付け、あの独特の形の舌でぺろぺろと薬をなめているではないか! 成功〜! そして次、また次と、あっと言う間に5滴を飲ませることが出来たのだった。

 それからは、モスラも私も投薬タイムが心待ちになってしまった。モスラはこの薬が気に入ったようだし、私はまるでモスラに差し餌しているような気持ちになり、私の知らないヒナだった頃のモスラを思い描いたりしてしまう。あの、怒濤の投薬が、こんな幸せなひとときになるなんて。

 そんなにモスラが好きな薬とは、一体どんな味がするのだろうか? シロップというからには、甘いのだろうか。ちょっぴり、指に取ってなめてみた。味は、人間には感じられないようであった。甘くも苦くもない、無味無臭。これなら大丈夫かもしれない。1週間は瞬く間に過ぎていったのであった。

つづく