モスラ闘病記5
キエリボウ氏の優雅な生活
(月刊ALL BIRDS 1999.11月号)
ペレット切り換え作戦
今まで、モスラの病気について夢中でやってきたつもりだった。2軒の動物病院をめぐり、モスラの病状を訴え、自分なりに一生懸命だった。
それが、食餌制限でナーバスになっていたとはいえ、こんなに手ひどく噛まれるとは。傷口はかなり深く、翌日になっても出血が止まらなかった。指先から手の甲にかけてしびれたような痛みがあり、神経をやられたかも、と思った。
それにしても切ない。人生の中で、こんなに痛くて悲しい思いを味わう者は一体何人いるだろうか、などとオーバーに考えていたりしたから、精神的にもかなり参っていたかもしれない。
モスラの方も自分の行為に驚いたようで、その日はやけにおとなしかった。大好きだったヒマワリもあまり食べず、翌日も何だかしょんぼりしているように見えた。
朝、気分は最悪だったが、モスラのフンを持って動物病院へ行かなければならなかった。プリンの空き容器にフンと、一緒に出た水分を入れ、ラップでフタをし、ビニール袋に入れ、さらにあんていするように紙袋に入れた。
何しろ今日は電車とバスを乗り継いで行かなければならない。道中、車内の人たちを見ながら「誰も私が鳥のフンを運んでいるなんて思いもしないだろうな」と考えたらおかしくなってきた。少し気持ちが軽くなった。
病院では先生が絆創膏でがちがちに固めた私の指を見て不審そうだったが、ワケを聞いて「モスラちゃんもお母さんに噛みついたりして、自分でもびっくりしちゃったんでしょうね」と笑顔でなぐさめてくれた。胸が熱くなった。
それに引きかえ夫ときたら「餌変えたから、怒ったんじゃないのー」と全くのんきなものである。必死にやっている私より、たまに相手をする夫の方が良いなんて、モスラは何を考えているのか!
確かに、数日前からヒマワリの種を止めるために、ペレットへの切り換えに挑戦していた。
このあたりのペットショップにはペレットどころか大型用のシードさえ見かけないので、通販で取り寄せるしかなかった。FAXで兵庫県のペットケアーニューフーズというペレットの輸入取り扱いをしている会社に問い合わせ、カタログを送ってもらった。
最初は小さいものから慣らし始めるということなので、セキセイやオカメクラス用のミニサイズのペレットを頼むことにし、それからパウダー状のフォーミュラー3というひな鳥用のペレット、ローリーネクターというやはりパウダー状の、果食鳥用の甘味のあるペレットも一緒に頼むことにした。
実はこれは例の「大鸚哥養方集成」という本の「ペレットフード」という項からの知識で、それによると、フォーミュラー3をだんご状に丸めたものなら、だいたいの鳥が好んで食べるそうだ。それに砕いたペレットの粉を混ぜてだんだんと比率を高くしていき、味に慣らすという方法なのであった。さらに良いことには、このペレットだんごを作るのに薬を溶いた水を使えば、投薬も簡単に済んでしまいそうなのだ。ローリーネクターも甘いので、多くの鳥が好んで食べ、ペレットに移行する際に大いに役立ちそうである。
三千円以上からは送料無料ということもあって、この三種類がちょうど良い感じ。遠く兵庫県ということで気長に待つつもりでいたが、宅配便が中一日で届いたのはありがたかった。東京あたりまでなら翌日届くのだろうが、東北地方はやはり遠い。しかしこんなに早く届いたということは、注文を受けてからすぐに送ってくれたということになる。この誠意に応えなくてはと、私も早速郵便局で代金の支払いを済ませた。
こうして私とモスラのペレット切り換えへの挑戦が始まった。
まずは教科書どおりにフォーミュラーだんごからスタート。これは意外なほど食いつきが良かった。いけるかもしれない、と早くも期待に胸が膨らむ。
しかし道は思ったより険しかった。餌入れにゴロンと転がったフォーミュラーだんごが虚しかった。モスラはすぐにフォーミュラーに飽きてしまったようである。
気持ちを切り換えて次に進むことにした。フォーミュラーをだんごにぜすに、パウダー状のまま与えてみた。好奇心旺盛なモスラはすぐにこれがお気に召したらしい。初日はフォーミュラーだけ、翌日からはペレットをすり鉢で砕いて粉にしたものを混ぜてみた。食べている! かなりお気に召したらしく、いつまでも餌入れに首を突っ込んでショリショリやっていた。
よーし、次のステップだ。固形のままのペレットに、粉状を振りかけて与える。モスラは見ていると私の普通でない雰囲気を感じ取るのか、興味津々なのに知らんぷりしてみせるあまのじゃくなので、物陰からそっと見守ることにした。
食べている! 成功だ! こんなに簡単だったなんて、何ごともやってみるものだ!この私の天にも昇る心地も、すぐに地べたに叩きつけられることになろうとは。
正確にいえば、モスラは固形ペレットを食べてはいなかった。ご丁寧に粉だけを舌でペロペロなめ取って食べていたのだ。この事実を知ったときのショックは大きかった。粉をネクターに変えても同じことだった。
このときのショックをメールで友人に訴えたら「ペレットのサイズを変えてみては?」とのアドバイスを受けた。彼女は他種類の鳥を飼っていて、みんながペレットを食べているというペレット食の先輩である。ペレット切り換え中にどうしても食べない鳥がいて、そのとき大きさを変えてみたら意外にもすんなり食べるようになったというのだ。
「私も何だか意地悪をしているみたいでつらかったです」と友人は苦労していた頃のことを語ってくれた。
切り換え中は鳥もつらいだろうが、飼い主も同じようにつらい。モスラの「ヒマワリよこせ」コールに何度胸が締めつけられたことか。体のためとは思っていても、ここまでする必要が本当にあるのか。自問自答を繰り返す。
ペレット切り換えに挑戦する飼い主は、誰もがこのターニングポイントに差し掛かったことだろう。ミニサイズのペレットをせっせとすりつぶしながら、これがなくなってサイズをミディアムタイプにしてみて、それでもダメなら諦めようと考えていた。
そんな矢先の転院、医師からのヒマワリOK宣言、モスラの逆襲、であった。
病院から帰って、ケージの前に座り込んで話しかけてみた。
「お前も悪いことをしたなって思っているの? 驚いたの? 大丈夫だからね……」
そっと指を近づけると頭を柵に押しつけてきた。「かいて」のポーズ。お互いに少し緊張しながら、頭をなでた。
ゆっくり、ゆっくりでいいね、ちょっと焦ってしまったかも知れないね。
しばらくして落ち着いたモスラに話しかけながらヒマワリをつまんで差し出した、その瞬間、がぶりと右人差し指の先を噛まれてしまった。甘噛みではない。久しぶりのこの感触、なんて言っている余裕はなく、とにかく、ドアに勢いよく挟んだような痛くてしびれる感覚と、精神的なショックで、しばらく流れる血もそのままに、私は呆然とカゴの前にしゃがみこんでいたのであった。