モスラ闘病記4



キエリボウ氏の優雅な生活
(月刊ALL BIRDS 1999.8月号)
思わぬ逆襲

 その日は土曜日であった。私と夫はちば動物病院から戻って急いで昼食をすませると、A先生から紹介してもらった「B動物病院」へと車を走らせた。

 B動物病院のB先生は、はきはきとした口調がベテランを思わせる女医さんである。ここは盛岡市南大通りという、盛岡駅周辺から車で10分ほどのところにある。二重ドアを開けて中に入ると、猫と犬、ハムスターの先客がいた。この二重ドアは、実はよく考えられていて、大型犬などがバッティングしてしまったときに、ケンカを避けるために後から来た方が待っている場所になる。ちょうどこの時は狂犬病の予防接種の時期であったため、後から後から犬がやって来て、この二重ドアも効かずに外で待つ犬もいたほどだった。

 モスラは見慣れぬ動物達に緊張しているようで、カゴの中でしきりに「オハヨウ」とか息子の名前をしゃべって自分をアピールし、けたたましい赤ちゃん鳴きの後「ゴメンネ〜」とやって他の飼い主さん達の笑いを誘っていた。

「これは何て言うトリ?」「おしゃべりするんですね〜」
 動物を飼っている人というのは、その種類にかかわらずとてもフレンドリーである。愛情のこもった眼差しで話しかけられ、待合室はしばしモスラの自己紹介の場となった。

 オウムではなくインコだということ、10歳ではあるけれど寿命は40年近くあるということなどにみんな驚きの声をあげた。そうだよね、こんな大きな犬の倍も生きてしまう鳥がいるんだから。普通は鳥と言えば文鳥やセキセイインコしか思いつかない人が多い中、モスラはみんなの目に大きくて利口な鳥というイメージで映っていた。ま、いいか。少しでも大型鳥に好意と関心をもってもらえたのだ、普段私が悩まされている大声や性格については説明する必要もないだろう。

 しばらくしてモスラの診察の番になった。B先生は、ひととおりの経過をうなづきながら聞いた後、モスラのカゴの中を見て
「この鳥、いつもこんなにフンが小さくて少ないんですか?」と口を開いた。投薬のための餌作戦とペレットへの切り替えのために食べる量が減ってきていることを告げると
「まず、餌を元に戻して下さい。鳥にとって一番困るのは食べなくなって体力が落ちることです。尿も濃くなっているようなので、ビタミン剤の飲水投与も飲まないようならやめましょう。水を飲まないと血液が濃くなったりして危険です。多尿が気になるようなら水をあげるのは朝晩だけにして、あとは水入れは外しちゃって下さい」

 この言葉に、私は目が覚めたような気がした。今までとにかく薬を飲ませよう、餌を替えなきゃと必死になっていて、肝心のモスラの体調を考えていなかったのだ。体重を測ってもらうと、620gに落ちていた。ほんの一週間の間に30gも減ってしまっていた。

「とにかく、好きなものを食べさせてあげて下さい」それからフンの検査をするのに土曜日で検査センターが終わってしまっているので、月曜の朝一でフンを届け、検査の結果から薬を処方してくれるということでこの日の診察は終わった。

 帰りの車の中でも、私はB先生のあざやかな手つきを思い出していた。カゴから出たモスラの体をサッとバスタオルでくるみ、赤ちゃんの入浴の時に頭を支えるような手つきで頭が動かないように保定し聴診器を胸に当てていた。それから触診で筋肉のつき方を確認。見ているこちらの方が思わず「先生、気をつけて下さい、噛まれます!」と声をかけてしまったのだが、考えてみれば相手はプロだったのだ、失礼しました。A先生も、動物を的確に保定出来るかどうかが診察の重要なポイントだと言っていた。強すぎれば体を傷つけるし、弱ければ逃げられ、攻撃される。B先生のあざやかさに感心していたら「これでも必死ですよ、油断すれば指食いちぎられちゃいますからね」と笑顔で答えてくれた。余裕ある微笑みがとてもかっこよかった。

 病院から家まで車で30分弱。信頼できる主治医を求めて高速道路を使って車を走らせたり、電車を乗り継いで何時間も移動したりということをよく耳にする。そんなケースを思えば恵まれている環境なのだが、やはり慣れない車の振動はモスラにはこたえるようで、車内で何度も放尿した。そして大好物のリンゴにも見向きもしないのだった。

 私は後部座席でモスラのカゴが倒れないように押さえていた。目隠しにカゴにタオルを掛けるとかえって恐がって鳴いたので、回りが見えるようにタオルを取った。ずっとモスラに話しかけていたのだが、果たしてそれがなぐさめになったのかどうか。

 やっと家に帰り着き、いつものカゴに戻してヒマワリを与え、無色透明の水を入れた。無心に食べるモスラの姿が可哀相で仕方なく、いつまでも食べているのを見つめていた。

 しばらくして落ち着いたモスラに話しかけながらヒマワリをつまんで差し出した、その瞬間、がぶりと右人差し指の先を噛まれてしまった。甘噛みではない。久しぶりのこの感触、なんて言っている余裕はなく、とにかく、ドアに勢いよく挟んだような痛くてしびれる感覚と、精神的なショックで、しばらく流れる血もそのままに、私は呆然とカゴの前にしゃがみこんでいたのであった。

つづく