ただひとつのすべてのもの  vol.2



 ファラこと、アスファラール・ティア・エステルが使徒星からの通過ポイントである回廊を抜けて、銀河連邦政府が統治する「こちら側」に来たのは、銀河連邦標準時間で十二歳になったばかりのころだった。

 辺境勤務での通常訓練中に、銀河連邦軍の情報部から特別要請を受けた護衛艦オーディンは、急遽、特別任務に就くことになった。
その特別要請は情報部が発信元になっているが、それはただの「経由」でしかないことは明白だった。
特別要請のひとつに環境庁職員の乗艦許可が含まれていたからだ。

 銀河連邦軍と銀河連邦政府は一部では仲が悪いと言われている。
特に文化財保護目的において銀河遺産の保存を大きく掲げている文部省文化庁と、いくつのも偶然の重なりによって生み出された自然と生物の銀河資産保護に奔走する環境庁は、軍が大きな合同訓練を行うたびに「慈悲無き破壊は行動自粛せよ!」と訴えては寄るな来るなと忌み嫌い、「資源とエネルギーと税金の無駄遣いだ!」と叫んで、軍の予算削減を頻繁に弾糾していた。

 そして、軍籍を持つ者たちが訝しんだ通り、案の定、亜空間通信の実の発信元は銀河連邦政府最高評議会とすぐ知ることになった。

 少佐の階級を持つマクベアー艦長が、厳かに、
「それでは、これより使徒星からの使者を出迎える任務にあたります」
そう復唱するのを、通信室に同席した副艦長と通信部主任の軍曹は身体を震わせながら耳にした。

 周りをぐるりとブラックホールの重力場に囲まれている難航の聖域にあるとされる使徒星と銀河連邦を結ぶ航路は、「回廊」の俗称で呼ばれるほど宇宙船の運行が不可能とされる細い通路だった。

 その回廊の銀河連邦側への出口にあたる座標への到達を最優先任務として迅速に移動した護衛艦オーディンの艦長以下すべての乗組員は、指定座標に着きさえすればあとは救助信号を発信している使徒星からの小型宇宙船を回収すればいいものとばかり考えていた。

 だが、その予想は大きく裏切られた。

 まず、宇宙空間に漂っていたのは小型宇宙船ではなく人型をした四つの固体だった。
それもその人型をしたモノのそれぞれの背中には、静寂な無重力のこの宇宙空間で今にもばさりと羽音を立てそうなほどの大きな立派な白い翼がついていた。

 両翼を左右に大きく拡げた白き姿は、地球人種には馴染み深い「天使」そのものの姿である。
地球教の神父がもしも護衛艦に乗船していたならば、声にならない声を上げて泣いて喜んだことだろう。

 護衛艦オーディンの乗組員が息を呑んで驚いたのは、それだけが理由ではない。
恐るべきは、その天使たちが宇宙服らしきものを身に着けずに暗黒の冷たい宇宙空間にぽっかりと浮かんでいたことだ。

「彼らは身体を包むように空気の層を纏ってるのか……?」

 ブリッジの大画面に映し出された使徒たちを見つめるオーディンの艦長の呟きが、部下たちのうろたえる声に消されてゆく。

 四人のセリーア人が銀河連合軍の護衛艦に乗艦した瞬間などは、日頃規律の厳しさに鍛えられている軍兵たちもさすがに私語を交えて浮き足立った。

 地球人種がそのほとんどを占める正規の軍人でさえその有り様である。
これが一般人であれば狂喜乱舞していたに違いない。
地球教での「使徒」の名を抱く星の住人たちに一生涯に一度まみえれば幸運とされる中で、一度に四人のセリーア人が会するのを目の当たりにするのは異例としか言いようがなかったのである。

 長い旅路で疲れが見られるセリーア人たちを即座に医療班が囲んだが、四人のセリーア人は食事を要求しただけでその他の手当てについては一切断わってきた。

 その医療班の数人が駆けつけた時には、セリーア人たちの背中にはすでに白い翼はなかった。
一目、天使を見(まみ)えんとわずかな期待を持っていたのだろう。
その落胆は彼ら自身、想像以上に大きかったようだ。

 セリーア人たちは白で統一された外套と長衣に身を包みながら、珍しそうに格納庫を見渡していた。
白い生地を双方の肩から垂らして腰の化粧布に差し込んいる。
淡い橙色と朱金の二色の組紐(くみひも)が左右の肩を繋いで、まるで太くて長い首飾りのようだった。

 白い外套に白い長衣が、乳白色の髪と瞳が特徴のセリーア人たちをより白く染めているとしたら、その淡い橙色と朱金の二色の組紐は白い彼らを鮮やかに飾り立て、ともすればぼやけそうな彼らの白い印象をくっきりと引き締める効果をもたらしている。

 おとぎ話の中の騎士たちが身につけるような彼らの白い外套は、背中部分にいくつもの深いスリットが加えてあるが、生地の重なり部分が広めだからか、一見それは一枚布のマントのように見えた。

「お疲れでしょう。こちらへどうぞ」

 主任軍医が彼らを貴賓室に案内しながら、体調の具合などを再度問診したが、彼らは責任者との会談を希望しただけで、先ほど同様、体調については「腹が空いているだけだ」を繰り返すのみだ。

 とはいえ、長旅で疲れが出たのだろう。
護衛艦の中でもっとも上等な部屋に足を踏み入れると、四人のセリーア人たちは早速、白い外套を脱ぎ捨て、勧められるまま身を沈めるようにしてソファに腰掛けた。

「まったく。こちら側では本当に目立って仕方ないわね」

 そう言って、四人の中でただひとりの女性のセリーア人が、肩から踝(くるぶし)まで白一色の、神官衣のような長衣を淡々と脱ぎ去る。
白い長衣の下からはゆったりとした着心地の外套や長衣の統一された白のイメージを打ち砕いて、肩が剥き出しの、身体に密着した黒い衣装が現れた。

 それを目にした主任軍医の脳裏に、咄嗟に「舞踏家の練習着」が浮かび上がる。
続いて、背中が大きく開いている男女共通らしい衣装らしいそれが想像以上の軽装だったため、非現実的な事実に主任軍医は突如、眩暈に襲われた。

 紅一点のセリーア人は二十代半ばに見える若い女性だった。
悠然と立つ彼女の姿は、その堂々とした態度と同じくらい胸の膨らみ具合も立派だった。
綺麗に背筋を伸ばした姿勢が、そのシンプルな「舞踏家の練習着」に、黒のシックなイブニングドレスのような気品を漂わせる。
ボトムがスカートではなくスパッツだったのことに、同席した地球人種の男たちが何度内心で溜息をついたことか。
乳白色の髪を無造作に揺らすと、彼女は地球人種の男たちににっこりと微笑み返しながら、「チェチェリカ・テェナ・アジェナサックよ」と名乗った。

 そのチェチェリカの奔放な行動をもうひとりの男が笑いながら、「堅っ苦しいの、俺も苦手なんですよね」と、先輩に倣(なら)って無造作に長衣を脱ぎ捨てた。

 彼はチェチェリカと同じくらいの二十代に見えた。
つんつんと短い毛を立てたヘアスタイルが、両耳の青石の丸い耳飾りを引き立てている。
おしゃれ好きな男なのか、すぐに乱れた髪を直すのに夢中になった。

 マクベアー艦長が貴賓室に入って来ると、今まで黙って様子を伺っていた四人の中では一番年嵩(としかさ)らしいセリーア人が突然ぱっと顔を上げた。
三十五、六歳に見える眼鏡をかけた知的な印象のセリーア人は艦長に目を向けると、一歩前に進み出て、にこやかに挨拶をし始めた。

「この護衛艦の責任者の方ですね。
私は、今回の件についての全責任と判断を任されているイーネルシッジ・テェア・ジェムイです」

 彼がどうしてこの軍艦の最高責任者を一目で見抜くことができたのか、その場に居合わせた地球人種の面々の中には残念ながら、その経緯を察するどころか、それ以前にそのこと自体に疑問を持つ者すらいなかった。

 そんな鈍感な地球人種相手にイーネルシッジは、つんつん頭の男を「彼はザイドー・ダイ・ガンゼンです」と紹介し、紅一点のチェチェリカに関しては、「彼女はこちらに訪れるのは二度目なのですよ」と幼児に優しく語り掛けるように補足した。

「私は四度目で、この若いふたりは初めてでしてね」

 最後にイーネルシッジは、セリーア人たちの中で一番若いらしい、地球人種の外見で言えば十七歳ほどの長い乳白色の髪を襟足でひとくくりに縛り、背の中ほどまで垂らした少年に目を向けると、わずかに肩を竦めて苦笑いした。
彼の肩には白い鳥が乗っていた。

「彼はアスファラール・ティア・エステル。
アスファラールに懐いているのはサミュエ種という使徒星の鳥です。
サミュエ種は我々の故郷でもペットにするのは難しいと言われてるほど気位の高い鳥でしてね。
雛から育てたせいか、あのジャックはアスファラールにだけは懐いてるんですが……」

 我々としても手を焼いているんです、と、一瞬小憎らしそうにジャックを見たイーネルシッジは、含むところが多いにあるのだろう。
「アスファラールにだけ」をわざわざ強調していた。

<食いモンの恨みは怖ぇなー。餞別にもらった菓子を食ったくらいで根に持ちやがって>

 鳥にも人権とお菓子をくれよ〜、と心底から訴えんと、クゥルー、クゥエーとジャックが鳴き叫んだ途端、
「おまえの場合は人権とは言わん!」
イーネルシッジがビシッと指差して却下する。

 だが、一瞬とはいえ乱れた自分を恥じるように、イーネルシッジは即座に年長者の落ち着きを取り戻して、きっちりと表情を整えると、
「サミュエ種は我がままでで知られてるんですよ。おそらく、食事面でご迷惑をおかけするかもしれません」
いかにもリーダー然と胸を張って、ごほん、とひとつ咳払いしてから、にっこりと微笑んだ。

 ジャックの食事に関して、イーネルシッジが「餌」と口にしないところにもしっかり意味があったのだが、マクベアー艦長には微妙な心遣いが通じなかったらしい。

「鳥の餌」と呼ぶには贅沢すぎる食事を好むジャックは、その敏感すぎるサミュエ種の味覚ゆえに地球人種の理解の範疇を超える嗜好品を要求することは間違いない。
地球人種のマクベアー艦長の「鳥の餌」のイメージとは、おそらく宇宙の端までかけ離れていることだろう、とイーネルシッジはマクベアー艦長に憐みの目を向けた。

 地球人種の思い込みは根深く、修復に多大な時間と根気を要することを、セリーア人の年長者は三度の回廊渡りの経験上、身に染みて知っていた。

<こちとら疲れてんだ。ケチってないでうまいもん食わせろよォー>

 クゥイー、ククィ、とジャックが翼を二、三度羽ばたかせて訴えていたなどとは、当然マクベアー艦長は毛の先ほども気付いていない。

 そんな唯我独尊のサミュエ種に対して、
「おい。ここで何を叫んだところでおまえの言葉はあちらさん方には伝わってないぞ」
唯一ジャックに諫言できる飼い主のファラが、淡い朱鷺色に染めた小さな頭を撫でながら、無力な地球人種に一瞥を投げたのだが、その台詞同様、視線の意味も「あちらさん方」はまったく気付いていないようだった。

 こんな調子で大丈夫なのだろうか、とセリーア人の四人が不安に思ったとき、琥珀色の瞳を気持ち良さそうに細めたジャックの白い腹から、ぐるるるぅ、と大きな音が鳴り響いた。

 そして、それがいかにも合図だったかのごとく、ジャックの腹の音が鳴り終った頃を見計らったように、入室の許しを得て、貴賓室に新たな顔がいくつか加わった。

「やあ、よくぞいらっしゃいました。回廊渡りはお疲れだったでしょう。改めて、銀河連邦にようこそ。
あなた方をお待ちしてましたよ」

 新たに加わった顔ぶれは、珍しいものを見るようなマクベアー艦長や医療班などの軍関係者とはまったく様子が違っていた。
新顔の三人は精神防御が完璧だったのだ。
その相違点に大きく目を見張ったのは、今回初めて回廊を渡ったファラとザイドーのふたりだった。

 マクベアー艦長もそれなりに上立つ者の風格を持ち合わせていたが、彼の場合、精神を解放したままなので心の中が明け透けだった。
一方、後から現れた新顔の三人は脂の乗り切ったベテランと呼ぶにふさわしい貫禄を身につけつつも、冷たく突き放すわけでもないほどの礼儀をわきまえた精神防御を完璧に貫いていた。

 この三人は自分たちを必要以上に珍種扱いていしない。
それだけでも、セリーア人たちが彼らに好感を抱く理由として充分だった。

 そして、回廊渡りの経験者であるイーネルシッジとチェチェリカは、精神防御を完璧に制御する彼らこそが自分たちの本当の意味での協力者だと気付いていた。

 まず、協力者の三人の中で一番身なりのきちんとした中年の男がいかつい顔に笑みを浮かべながら、イーネルシッジに向けて手を差し出してきた。
丈の長い、白い上着の襟にキラリと輝く金のバッジに目を惹かれる。

 それなりの階級を持つ者だと一目でわかるその儀礼服は、その華やかさからして軍の制服とは趣が大きく違っていた。

「今回の件において、銀河連邦側の現場における責任者となります、ウィリアム・ボットナムです。
環境庁自然保護局ELG派遣部の課長をしております。
銀河連邦政府最高議会に変わりまして、代表してご挨拶させて頂きます。
このたびのことにつきましては、ご承知のとおり、極力内密な行動が求められております。
作戦及び、この件に関する詳細につきましては、我々三人のみが銀河連邦側の関係者となりますので、この護衛艦内の乗組員と言えど、くれぐれも他言なさらぬようお願いいたします」

 ちらりとマクベアー艦長や軍医たちを横目で見ながら、ボットナムは薄くなりかけている焦げ茶の頭髪を誇示するように腰を折った。
ボットナムは始終笑みを絶やさなかったが、その目は少しも笑っていないことを誰よりもセリーア人たちは知っていた。

 これから行くべき先をまっすぐ見つめる焦げ茶の瞳が、顎に残る無精髭を頼り甲斐あるものとしてボットナムを引き立てる。
第三の目のごとく、ボットナムの額の真ん中にある大きな黒子が四人のセリーア人を真摯に見つめ、まるでボットナムが心眼でセリーア人たちの真意を測っているような、そんな印象さえ受けた。

 ボットナムが後ろを振り返ると、後方から短い金髪にちらほら白髪が目立せた五十過ぎくらいの男がサングラスを外しながら近寄ってきた。

「はじめまして。こちらの若いおふた方は初めての回廊渡りだとか?」

 サングラスを胸ポケットに仕舞った男はボットナムの儀礼服とは違って、丈の短い、身動きしやすそうなジャケットを着ていた。

「あちらにお帰りになられたら、こちらの方も『ティア』を名乗られるのでしょうね。素晴らしいことだ」

 実用性優先のジャケットを身につけた男が頬を緩ませて笑うと、小さな片えくぼができた。

「オーウェン・レトマンです。環境庁自然保護局環境近衛隊に所属してます」

 彼のそれは、あと十年もすればいかにも立派な好々爺になりそうな笑顔で、心からの親しみが込められていた。

「失礼だが、どうしてあなたは我々の『ティア』の意味するところをご存知なのか?」

 オーウェンに最初に興味を抱いたザイドーだった。
故郷に戻れば、「ティア」を名乗ることになるとオーウェンに言われた本人である。

 回廊を渡るセリーア人は少ない。
ゆえに、セリーア人の文化や習慣を知っている地球人種は稀有なはずだった。

 だが、オーウェンは手品の種明かしをするように、孫ほどに年齢の離れていそうなザイドーへにっこりと微笑んで、「それはですね」と語り出した。

「友人にセリーア人がいましたし、実は私の祖母の父がセリーア人でして。
つまり、私はサードなんです。おそらく私の曽祖父は今でも使徒星で元気に暮らしていると思いますよ」

「羽根なし」はセリーア人と地球人種の交配種を指し、ハイブレッド、もしくはファーストとも呼ばれている。
オーウェンはその羽根なしの孫だと言う。

 ザイドーとファラの年若いふたりが、なるほどと神妙に頷いたのは、羽根なしの子孫がこちら側にいたところで何ら不思議なことではないことを思い出したからだ。
自分たちの故郷にも数は極端に少ないが地球人種の血を引く羽根なしの子孫がいるのだから、当然その逆も然りなわけだ。

 ただし、セリーア人の血をわずかに引こうが、こちら側の二世代以降の子孫は地球人種扱いになる。
彼らは能力的に純粋な地球人種とそれほど大きな違いはないからだ。

 使徒星で暮らしている地球人種の血を引く羽根なしの子孫たちも同様で、地球人種四分の一の二世代目は純粋なセリーア人をあまり変わらない。
もちろん、りっぱな翼も持ってる。

 とはいえ、それぞれの先祖の血の影響のすべてが消されるわけではない。

 その事実を知るから、
「こちらのサードと出会えるなんて。何て幸運なのかしらっ!」
即座にチェチェリカがオーウェンの出自を知って喜びに目を光らせた。

 加えて、
「これは本当に喜ばしいことだ! それではあなたは我々の嗜好もご存知でいらっしゃる?」
イーネルも同様に顔を綻ばせて、年長のふたりは揃って期待に目を潤ませる。

「ええ、もちろんです。使徒星の方々の優れた味覚には本当に恐れ入りますよ。
今回は緊急だったため、選りすぐりの料理人を揃える時間がなくご不自由をおかけするかもしれませんが、今、早急に手配してますので、それまではどうかこの船の食事で我慢なさってください。
それによろしければ、私が料理しても構いませんし」

「不自由をかける」の件(くだり)で肩を落としたチェチェリカとイーネルシッジだったが、オーウェンの最後の申し出に笑顔は完全復活していて、それは素晴らしいとふたりは両手を叩いて喜んだ。

 その年長者ふたりのはしゃぎように、ザイドーとファラは呆れ顔を隠させない。

「何を大げさな」とか「その程度でこと」などとふたりが心に描いた瞬間、
「あなたたちは世間を知らなすぎるわ。
いい機会だから、こちらの護衛艦の普通食を堪能してごらんなさい。
食文化の違いを体験することも時には大切よ」
チェチェリカがにやりと悪巧みするような笑顔を向けてきた。

「それはいい。ぜひこちらの文化に触れてみなさい。きっと今後のきみたちのいい糧になるだろうから」

 イーネルシッジもチェチェリカの提案に即座に同意する。

 そんなセリーア人たちの会話に入ってきたのは、オーウェンと揃いのジャンバーを着たもうひとりのELGだった。

「確かに、文化の違いは大きいかもしれませんな」

 笑顔で稀有なる四人の来客を迎えたヴァルタナッシュは、自分は研究員志望のELGだと説明し、生物学にいずれ生涯を捧げたいのだと夢を語った。

 オーウェンとボットナムは同期で入庁した同い年の六十一歳、ヴァルタナッシュはふたりより二歳と年下の五十九歳だと会話が進むと、
「あら、やだ。それじゃあ、私が間に入っちゃうじゃない」
チェチェリカが、実は自分はは六十歳なのだと飛び入りしたので、彼女の肢体に見とれていた軍籍を持つ男たちが「えっ?」と驚愕する。

 どう見ても、二十代半ばにしか見えない若い女性が、その外見の二倍以上も長生きしているご婦人とは信じがたかったようだ。

「セリーア人の平均寿命は四百歳よ。私なんてまだまだひよっこなんだから。
それに、長寿の者なら五百歳くらい生きると言われてるしね」

 銀河連邦政府による成人が十六歳に比べ、使徒星におけるセリーア人の成人は十四歳。
ただし、セリーア人の幼年期は身体的成長が早くは外見は大人びて見える。
そして、老年期で一気に老化が進むため、壮年期が長く、ゆえに壮年期は幼年期とは逆に実年齢のわりに外見が若く見えるのだとチェチェリカは彼らに語って聞かせた。

「ではこの子は……」

 アスファラールを見て疑問に思ったヴァルタナッシュが、
「あ〜、いくつくらいかの? アスファラールくんと言ったかの?」
首を傾げながら尋ねると、
「俺は十二ですよ。けど、もう成人してます」
 呼び捨てで結構だ、と憮然と言い放ったアスファラールを庇うように、
「彼は年長者に敬意を払う小です。
ですが、このジャック同様、ファラは人に慣れるまで時間がかかりましてね。
あ、鳥と同様ではいけなかったな。これは失礼。飼い鳥が飼い主に似たわけですね」
イーネルシッジが、ははは、と乾いた微笑みを浮かべながら、サミュエ種のジャックをちらりと見た。

 そして、今度はおどけるように、
「私はあと三年で百八十歳になりますので、皆さんよりおよそ三倍ってことになるんでしょうかねぇ」
つくづく年月は過ぎるのが早い、と頷いて、一瞬にしてその場を和ませる。

 十二歳で成人と見なされることに、「回廊を通り抜けた時点で、我々の間では大人に見なされるんですよ」と説明すると、多くの視線がアスファラールに集まった。

「使徒星においては回廊渡りの実力はすべての成人したセリーア人が持ち合わせているわけではないのです。
回廊渡りには、強力な精神力と念動力の双方が必要となりますからね」

 能力の高さは血脈によってほぼ決まる。
そういう意味では、ファラは優れた能力者を生み出す系統に属していた。

「黙識(もくし)族出身ってことですね?」

 サードだけあって、オーウェンは使徒星の事情に少しは精通しているようだ。
イーネルシッジはオーウェンの問いに頷きながら、セリーア人の子孫に向き直った。

「そうです。私もチェチェリカもアスファラールと同様、黙識族です」

 その時、マクベアー艦長が申し訳なさそうに、
「話をおって申し訳ないが、黙識族とはいったい何なのです?」
オーウェンたちに尋ねた。

「ああ、そうですよね。あまり耳慣れない言葉でしょうしね。
黙識族というのは、言うなれば、こちらでいう貴族のようなものです。
回廊渡りが出来るほど、高い能力を持つ者を輩出する家系のことですよ。
彼らのセカンドネームの『ティア』や『ティナ』は黙識族、または回廊渡りを経験した者だけに与えられる称号です。
男性は『ティア』、女性なら『ティナ』。
ですから、こちらのザイドーさんは使徒星に帰られたら『ティア』を名乗られる、と言うわけなんです」

 なるほど、とマクベアー艦長を含め、使徒星の慣習に初めて触れる誰もが、オーウェンの説明に素直に頷いて納得した。

 こうして、ファラが十二歳なのに成人していると言ったわけはこうして容易に知れたのだった。

「ザイドーのように黙識族出身者以外で回廊を渡ることができる者は稀(まれ)です。
それに……。大体にして、そういう者の祖先には羽根なしがいるものなんですよ。
もしかしたらザイドーも羽根なしの子孫なのかもしれませんね」

 セリーア人でありながら、遠く地球人種の血を引く羽根なしの末裔たち。
時として異種間の交配は能力を高めるのに役立つのである。

「では遠慮なくアスファラールと呼ばせてもらうの。
ちなみにその……、きみが手にしている花は何だね? 見たことない品種のようだが」

 ヴァルタナッシュの目を引いたのは一輪の白い花だった。
すっと伸びた長い茎の先に拳ほどの花があるだけで葉は一枚すらない。

「ああ、これは……」

 だが、アスファラールが何かを言おうとした瞬間、その白い花びらは端から波紋のように中央に向かって鈍い茶色に変色しだした。

 それが「枯れる」状態であったことにヴァルタナッシュが気付いた時にはすでにアスファラールは白い花だった残骸から種らしきものを摘み出し、腰帯の中に仕舞ってしまっていた。

 のちにヴァルタナッシュは「どうしてあれがガイダルシンガーだと教えてくれなかったんじゃ」とアスファラールに詰め寄ることになるのだが、生物学者の夢の花とも言われている「歌姫」である。

 ELGの認証で連邦政府のメインデータベースにアクセスしても、ガイダルシンガーの項は存在していても画像はないのが現状だった。
まさか、目の前で瞬く間に枯れてしまったその白い花がガイダルシンガーともわかるわけもなく。

 ヴァルタナッシュは咲いている花を見る一遇の機会に恵まれつつも花の詳細について教えを乞うまでには至らなかったことは、生物学者の彼にとって最大の不運と言えた。

 その後、会話が一段落した頃を見計らって、ボットナムがマクベアー艦長以下の銀河連合軍の者たちの退出を願い出た。

「たかが政府の役人風情が護衛艦の最高責任者を追い出すとは」

 そう不服をあらわに、軍属するものたちがみんな揃って環境庁自然保護局ELG派遣部課長を睨みつけたが、ボットナムはどこ吹く風とばかりに気にもしなかった。

 そして、貴賓室の人口密度が減少し、四人のセリーア人と三人の地球人種のみとなると、
「それでは本題に入りましょう」
瞬時にして緊迫した空気が流れた。

「まずは、銀河連邦に与(くみ)するすべての人類を代表してお詫びとお礼を述べさせてください。
多大な不祥事を起こしたばかりか、後始末まで使徒星の方々のお手を煩わせることになってしまって、使徒星の方々には本当に申し訳なく思ってます。
わざわざ回廊を渡って来てくださったあなた方四人には本当に感謝の念が絶えません。
私たちはあなた方が銀河連邦側にいらっしゃる間、可能な限りご希望添えるよう努力します。
尽きましては、今後の待遇についてですが、あなた方四人ともに外交官特権の行使を認める所存です。
心身の拘束、および、裁判権からの免除はもちろんのこと、あなた方の今後の行動に関する刑事責任についても、我々の法に基づく義務や責任に従う必要がないことをここに誓います。
その上で、今回の事件解決のご協力を要請したいと思いますが……。いかがでしょう?」

 ボットナムは環境庁勤務だったが、今回の件に関しては、特権行為を得ていた。
それは本来、星間警察や銀河連邦軍が保持する特権だった。

 だが、ボットナム、オーウェン、ヴァルタナッシュの三人は、逮捕、追跡、排除、破壊を含む、到底、環境庁自然保護局には似つかわしくない「行動の自由」を認められていた。

 そればかりではない。
必要ならばと政府から、今回の件に限りという条件付きで殺人許可証も発行されていたのである。

 使徒星の住人たちを巻き込んでの誘拐殺人事件。それが今回の悲劇の幕開けだった。
犯人グループは,、すでに半年前に逮捕済みだ。が、その事件は全面解決がされていない。
 
 イーネルシッジら四人はその未解決な事態を収拾するため、今回危険を覚悟で回廊を渡ってきた。

「わかりました。我々の待遇についてはそれで結構です。
とにかく、現時点の詳細を教えていただきましょう」

 イーネルシッジが重い口を開くと、眼鏡の奥できらりと乳白色の瞳が光った。

「ボットナム課長、我々の同胞は今、どうしてます?」
「現状はこの十五日間変わら状態です。詳細はここに書いてありますので、ご覧ください」

 そして、静まり返った貴賓室に、資料が書き込まれたディスクを読み込む音と、セリーア人の苦渋の選択がもの悲しく響いた。

「我が最高評議会は彼らの消滅を許しました。これは我々使徒星の意志です」

 残りの三人のセリーア人たちも、この時ばかりは項垂れた。

「罪も罰もすべて無にする。我々四人はただそれだけを託されてここにきました」

 そうして、イーネルシッジは使徒星の住人を代表して、意を決して言葉を繋いだ。

 最悪な後始末を請け負った責任ある者のひとりとして。

「こうなっては致し方がない。やはり、我々は彼らを必ず殺さなくてはならないのですね」──と。

                                                           つづく


illustration * えみこ



えみこのおまけ




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