十二月の贈物 vol.7


「昨日の夜、薄着で外に出たからだぞ」

 結局、その日の夕方まで寝込む羽目に陥った俺は、昼食の時も布団の中にいた。
和義がペンションの人に頼んで作って貰ったおじやは火傷しそうなくらい熱く、おかげで身体の内からいい感じに温まった。

 薬を飲んでおとなしく横になると、和義が俺に向かって手を伸ばす。

 額に当てられたひんやりとした手を気持ちよく思いながら、昨夜、徳永が話していたイヴのゲレンデに俺は心を馳せた。

「綺麗なんだってね。いいよなあ」
「連れてくよ。夜になったら毛布ごとくるんでさ」
 
 和義の言葉を疑うつもりはない。

 けれど、俺のこの身体が行かせてくれないかもしれない。
いつものように「ひとりぼっちのお留守番」を覚悟しておいたほうがきっといい……。



 俺の十六年間の人生の中で一番最初に諦めたもの。それは、生まれつき弱いこの身体だった。

 諦めたと言ってもずっと付き合わなくてはならないのだから、それなりの付き合い方を自然と学んでゆく。
そのひとつが、「あまり期待しないこと」だ。

 無理なものは無理。無理をしたらますます他人に迷惑がかかる。

 だから、期待をしてはいけない。

──期待して叶えられなかったら、期待した分、辛くなる……。

 それは、俺の頭に染み込んだ自己防御だった。

 だから。

「楽しみにしてるよ」

 和義に応えたのも口から先だけの言葉になる。

「そうそう。うんと楽しみにしてろよ」

 眩しい笑顔を返してくれた和義には申し訳なく思いつつも、俺は心の端っこに逃げ道を作っていた。

「克己の誕生日、明日だろ。一日早いけど今夜、プレゼントをあげるよ。
スリル満点の炎と雪の祭典と一緒にさ」

 今夜──?

 でも、夜はすぐ来てしまう。
俺の身体は予定に合わせて回復してくれるほど、物分かりがいい上等なもんじゃない。

「うん」

 俺はそれでも微笑って、顎を縦に振った。

「うん。期待しているよ」



 クリスマスイヴとなるとさすがに居間でゲームをしてる奴などいなかった。
みんな、夕食後にはゲレンデへと直行するのだろう。

 ナイターを滑ろうとはしゃぐ連中は、ウエアを着たまま夕飯の席についていた。和義たちも同様だ。
但し、この三人はゲレンデには直行せず、食べ終わると部屋に戻って、悟などは荷物を引っ掻き回しだしたのだが。

「克己もウエアに着替えろよ。スキーやるつもりでな」

 俺は大分楽になったとはいえまだ本調子ではなく、微熱もあった。
それにもかかわらず、和義たちはせっせと俺を連れていく用意に忙しく動き回る。

──俺も行っていいんだろうか。もしも、途中でダウンして、みんなに迷惑かかったら……?

 そんな不安が過(よ)ぎていく。

「心配するな。できるだけ早く帰ってくるから」
「でも……」

「その代わり、思いっきり厚着をしていけよ」
「でも、迷惑かかったら悪いよ……」

「もしかしたら、またぶり返してしまうかもしれない。体調崩して辛い思いさせてしまうかもしれない。
それでも、おまえが後悔しないなら、一緒に行こう。できるだけフォローするから」

「克己ぃ、行こうぜ」
「行きましよう。せっかくですから、無理しない程度に楽しみましょうよ」

「克己、誘ったのは俺たちなんだから、おまえがもしダウンしてもおまえのせいじゃない。
大威張りで看病されてろ。だから、一緒に行こう」

 一緒に行こう──。

 ひとりぼっちで待つなんて、もう嫌だ。
今夜くらい、自分の身体に鞭打ってでも、みんなと一緒に楽しみたい。

 だから、嬉しかった。

 みんなの温かい気持ちが伝わってきて、気分が高揚して、それだけでまた熱が上がりそうだ。

「ありがとう」

 そう言葉にするのが精一杯で。

 ありがたくて、申し訳なかった。



 俺はできるだけ着込んで、言われた通りゴーグルまで用意した。
眼鏡をコンタクトに変えて、耳当ても忘れなかった。

 悟は整理した荷物をリュックに詰めて背負い、徳永はベッドの毛布をたたんで抱えた。

「はい、これ」

 その毛布を和義に渡して、三人は俺を部屋から連れ出した。

 ペンションから出てくる時、俺だけが手ぶらだった。
手ぶらと言っても和義たちから渡されてた毛布だけは持っていたので、何も持参していなかったわけではない。

 ただ、「必要ないから」と言われ、滑るのに必需品なスキー板とストックを持って行かなかったのだ。

 靴だって普通のスニーカー。

「これでほんとにナイターをやるつもりなのかな」

 そう、不安に思ってしまっても不思議はない。

 和義たちはしっかり板を担いでいるのに、俺はどう見てもスキー場にそぐわない格好だからだ。

「寒かったら毛布を使えよ。絶対身体を冷やすんじゃないぞ」

 ゲレンデに着くと山の上から松明を持って滑って来る人たちがいた。
彼らは一列に並んで蛇のように連なって降りてくる。

 同じ学校の連中も熱心にそれを見ていた。
少し向こうでは鮎川がシャッターを連続して切っている。
カメラの被写体になっている滑りは、本当に素晴らしい見事な連携プレイの賜物だった。

「スキーもこう見ると華やかなんだなぁ」

 ライトに照らされたゲレンデが色鮮やかな光を纏い、ほう、と溜め息が出てしまう。

「申し込みは?」
「バッチリ。抜かりはないって」
「松明は上でもらうって聞いたよ」

 ナイターとは別に、イヴの祭典に参加する人は受付けを済まさないといけないらしい。
つまり、松明を持って滑っている連中は全員その受付けを済ませたのだろう。

「克己、この札を持ってこっちへ来いよ。これからリフトに乗るからな」

 和義に渡されたカードは三人分しかなかった。松明は三つとなる。

──でも板も履いていない俺がリフトなんて……。

 案の定、リフト乗り場ではとても目立ってしまった。何しろ俺は毛布まで抱えていたのだ。

 ペアリフトは和義と一緒に乗った。板さえなければ歩いてどんどん先に行けるのだ。
和義の横に並ぶのなど簡単だった。

「うわ……ぁ、綺麗だなぁ……」
「ああ、松明の残照が線を描いてて、ホント綺麗だな」

「熱くないのかな。それに、よく片手にあんなの持って滑れるよなあ」

 その後のリフトの乗換えも難なく済ませ、俺たちは予定されていた場所まで一気に上った。

 リフトを降りたところには松明を配る係の人が立っていた。
松明は俺が預かったカードと交換のようだ。

 松明にはまだ灯が点されていない。
少し向こうの篝火らしきものから自分で火をもらう手順らしい。

「克己、こっちこっち。ここに立っててくれよ」

 悟がリュックから中身を取り出して、まずレジャーシートを拡げた。
その上に靴を脱いで上がらされた俺は、マフラーを一度外され、代わりにヘンなものを渡される。

「何これ?」
「見てわかんない? ゴジラだよ」

 確かにゴジラなのだが、仮想行列じゃあるまいし、何でこんなマスクがここにあるんだ?

「早く被れよ。次が待ってるんだから」

 悟にせっつかれて仕方なく頭からゴジラの被り物をすっぽり被る。

「う、冷た……」

「そのうち暖かくなるから我慢しろよ。次はこれ。手袋をこっちのに代えて。
そんでこれを履く、と……これでよし。
マフラーもちゃんとしたな。あとはこの毛布をこうして──」

 悟は口を動かしながらも俺の身体を毛布でくるみ、せっせと俺のスニーカーや手袋を片付け始めた。
最後にゴジラのマスクの上からゴーグルをはめさせられ、「完璧っ」と俺の肩をぽんっとひとつ叩く。

「悟ぅ、これ何のつもり? ゴジラのマスク、ゴジナの手、ゴジラの足……。全部ゴジラグッズじゃないか」
「やるなら徹底的に派手にってのが性分でね。なかなか似合うよ、それ。白いウエアに緑のゴジラ。
毛布もモス・グリーンだし、コントラストは抜群じゃん」

 でも、こんな格好、どうするって言うんだ?

 篝火から炎を移して、徳永と和義がやってきた。

 用意は?と訊いた徳永が、
「へえっ。いいじゃない、これ。千葉のセンスも馬鹿にできないね」
口元を綻ばせながら俺を見た。

「そうだろっ。これなら絶対ウケるぜぇ」

 互いに俺のゴジラ姿に喜んぶふたり。

 そのうち和義までやってきて、
「ゴジラを抱きながらってのもオツなものだな」
そう、のたもうた。

 悟がマットをしまい、リュックを背負う。
和義は悟がすべてを片付けるのを待って、松明を二本渡した。

 そして、徳永が悟のストックまで片手に持って……。

「あれっ? 和義のストックは?」

 リフトに乗る時、何か足りないと思っていた。

 そう、ストックだ!

 何か違和感があると思っていたけど、和義がストックを持っていなかったんだ。

「ああ、今回は邪魔になるからな」

 和義は素っ気無い言葉で済ませてしまうが、ストックなしで滑るなど俺からしてみれば自殺行為だ。

 でも見たところ、悟も両手に松明持ってるし。そのまま滑るつもりなんだろうか。

「上手い奴って怖いことするよなあ」

 俺には絶対できない芸当だ。

 徳永が、
「じゃ、そろそろ行く?」
和義に同意を求めた。

──そっか、やっぱりこのまま滑るのか。

「なら俺、リフトに乗って下で待ってるから」

 そう俺が言うと、みんなの目が一瞬、「点」になる……。

「おまえもここにいていいんだよ」
「克己くんも滑るんだよ」

 などと笑っている。

「滑るって言ったってこんな格好……。それに板も履いてないし」

 すると悟が含み笑いをしつつ、「いいの、いいの」と松明を揺らした。

「それでは始めるとしますか。克己、この滑りは俺たちからのクリスマスプレゼントだ。
しっかりその身体に刻めよ」

 そして、ひょいと俺の身体を和義が抱きかかえる──。

「ちょ……ちょっと。何する気? まさかこのまま滑ろうなんて……」

「そのまさか、さ。ほら、毛布をちゃんとして寒くないようにしろよ。スピード出すから寒くなるぞ」

 そうこう言葉が交わされるうちに、すでにもうゆっくりと滑り始めている。
左腕を首に掛けるように指示されて、「谷を向いてろ」と言われたが。

 ごっくんっ。

「ここって俺がずり落ちた瘤斜面じゃないかっ!」

 まさか、まさか──。

「和義ぃ、まさかサーッと行く気じゃないよね? 斜めにゆっくりと行くんだよね?」

 俺たちの頬と頬が、振動で時々触れ合った。俺の場合、頬といってもゴジラの頬なのだが。

「ちんたら滑るの疲れるんだよ。流していくから安心して楽しんでおいで」

──楽しんで、ねえ。

「うーん。ゴジラがこんな可愛いものとは思わなかったよ」
「へへっ。やっぱこれにして良かったろ? 
ゴリラと狼がほかにあったんだけど、やっぱりゴジラしかないって思ったんだ。
いやあ、毛布まで緑で揃えるとは恐れ入ったね。俺ってばマジで偉いっ」

 悟の不気味な笑い声が語尾を響かせ、風の音に掠れてゆく。

 速度が増し、ターンが始まった。けれど、俺の身体はそれほど揺さ振られることはなかった。

──どうしてだろう……?

「スキーは下半身でするんだ。腰から上が動かないほうがいいんだよ」

 和義は滑りながらもしっかり応えてくれるのだが、俺なんか見るより前を向いてほしい、前をっ!

「一本終わったけど、どうだった? 怖かったか?」

 すごく速いんだ。俺が何十分もかかるところを一瞬で通り抜けてしまう。

 悟がなだらかな斜面で松明を振り回して遊んでいる。
目の錯覚で、緑や青や橙の線が何重にも円を描いていた。

 前に滑るグループの松明が三つ、三角に隊形を組んでいた。
まるでシューティングゲームのようだ。

「二本目、始まるぞ。さっきのようにちゃんと谷のほうを向いてろよ」

 俺たち四人は三人分のシュプールを雪に残して、こうしてみんなが待つゲレンデまで降りていった。

 途中抜かした松明隊が、「ゴジラを抱いてるぅっ!」と叫んで雪面に散ったとしても、それは俺のせいじゃない。
驚いたほうがいけないんだ。

──俺は自分の姿が見えないのだから、どんな格好してるかなんて知らないんだよっ!

「想像してたより可愛いな」

 俺を抱いたまま、和義が滑りながら声を上げて笑った。

「う……嬉しくない、俺」
「そーか?」

 最後のゲレンデの滑走では、口笛を吹く人や喚声を送る人たちがこっちを指差してはすごく喜んでいた。
俺たちが滑り終わってピタリと止まると、あっという間にカメラを持った多くの人が集まって来る。

「きゃーっ、可愛いっ。ゴジラよぉ!」
「こっちむいてっ」

 どこもかしこもそればかり。

 同じ学校の連中も、誰も俺とは気付いていないらしい。

「うーん、やってくれるわ。克己くんっ、この特ダネは貰ったわよっ!」

 さすがに鮎川は俺の名を呼んで、和義に正面を向くように頼んでいたけれど……。

 とにかく、この姿は早く何とかしたい。
すごく暖かくて気持ちいいけど、こうも騒がれると──やっぱり早く脱ぎ捨てたいっ。

「おもしろかったろ?」
「綺麗だったでしょ?」

 悟と徳永が和義の腕に抱かれたままの俺の頭を撫ぜると、まわりの女の子たちが何を考えたのか、みんなして同じように俺に触ろうとする。

 俺が態勢を変えるつもりでムクッと動くと、
「えーっ、縫いぐるみじゃないのっ!?」
「きゃっ、動いたっ」
一度手を引っ込める。

 だが、すぐに気を取り直して、
「いや〜ん、いいわぁ」
もっとべたべた触ってくる。

 中には毛布を捲って中に滑り込んでくる手もあって、俺はびくっと背筋に寒気が走る。

 そのうち、
「和義くん、ゴジラくんと滑った感想など聞かせてほしいな」
すかさず鮎川がインタビューなど始めたりして──。

 これほどのすごい騒ぎになるなんて、どうしたらいいのかわからなかった。

「思ったより大人しくしててくれたからね、滑るのはそんなに大変じゃなかったよ。
時々、『ひっ』とか『ひぇ』とか、息を飲む音が聞こえてきてさ。笑いを堪えるのが大変だったな」

「ゴジラくん、和義くんはこう言っておりますが……?」
「う……、鮎川さんってば楽しんでない?」

「何言ってんのよ。こんな時に楽しまなくていつ楽しむって言うのよ? 
克己くん、ちゃんと応えてよ。これ、記事にするんだからっ。君も協力する義務があるでしょ?」

 そう言われても。みんながこっちを見てるんだもんなぁ。
自分で立ちたいのに、「ゴジラの足が濡れちゃうだろ」って悟が許してくれないし。

 それだったら俺のスニーカーを出してくれてもよさそうなもんなのに、「それじゃ完璧じゃなくなる」と言って、それも受け入れてもらえない。

「え……と、そうだなあ。自分で滑るのが馬鹿らしく思えたよ。
すごくスイスイ滑ってくれるから、落下してる感じだけしてて曲がってるのがわからないんだ。
それとゴジラのマスクはすごく暖かいね。吹雪の際にはすごくいいと思うよ……。これでいい?」

「上等っ! それではみなさん。ゴジラも疲れておりますので道を開けてください。
ゴジラを引っ張らないで、ほら、そこの人っ。ゴジラを放しなさいってばっ!」

 鮎川の先導でやっと人波から抜け出した和義と俺は、そのままスケーティングをしてペンションへと向かった。
残りのふたりはもうしばらくゲレンデにいると言って、俺たちとは行動を別にしていた。

 俺は和義に抱かれながらペンションへと帰っていく。

 イヴはまだ宵の口──。




十二月の贈物



 部屋に戻った時、やっとゴジラのマスクを取ることができた。
外すと外気に当たった顔の皮膚がひやりと冷気を感じた。手にしたマスクは案の定、すごく熱くなっていた。

「熱が上がったようだな」

 額に当てられた手はすごく冷たかった。外気に照らされた毛布も少し湿っていた。

「でも綺麗だったっ。すごく良かったよ! また行きたいくらいだな」

 早々にベッドに寝かされ、俺の脇に和義が腰を下ろした。
ぽかぽかと火照った顔で、「もうちょっと祭り気分を楽しみたい」と言っても、和義は苦笑するだけで頷いてはくれない。

 その代わり、掌を氷水代わりに俺の額に当てたまま、
「いつかまた滑ってやるよ。今度は狼の格好でもさせてね」
和義は俺の熱をますます上がらせるような微笑みを浮かべて約束してくれた。

 そして、一呼吸したのち、和義はまっすぐ俺の目を見て、
「克己、俺は先に前に進むよ。いつだっておまえに見上げてもらいたいからな。
だから、おまえを追うのはあと回しにする。距離が遠く離れても、ふたりが離れるわけじゃない。
これは、いつかふたりの道が重なる日のための準備期間なんだ。克己、俺は必ずおまえを迎えに行く。
パイロットとして自立して、必ずおまえの前に立つ」
そう、決意を語った。

 頬に落ちてくるキスは、ちょっと冷たいものだった。
和義は俺の熱を冷ますように冷えた唇を繰り返し当ててくる。

「クリスマスには俺がおまえにしかしないことを、と考えた。抱いて滑るのはおまえだけだ。
それと、これはプレゼント」

 キスが止んで、包み箱が渡された。赤いリボンが蝶結びになっていた。

「開けてごらん」

 リボンを解いて包み紙を開くと、中には時計が入っていた。

 銀色の懐中時計だ。

 しっくりと手に馴染む重さ。綺麗な細い鎖が付いている。

「一応、舶来物なんだ。昔、俺がじいさまからもらったヤツなんだ。
銀だから錆びるんだけど、でもちょっと磨いただけでそれだけ光るようになった。どうだ、気に入ったか?」

 舶来物って……、これ、本物の銀──?

「俺、こんないいものもらえないよ。嬉しいけど、これ和義のおじいさんの形見だろ?
和義が持ってたほうがいいんじゃないの?」

 銀だって馬鹿にならないんだぞ。金に比べたら大分、安いらしいけど……。
それでも、そんなにひょいと他人に与えたりするものじゃないだろう?

「おまえにやるために磨いたんだ。じゃなきゃ錆びたままだったんだぞ」
「でも他人にこんないいものあげちゃうなんて……さ」

「克己は他人じゃないよ。工藤家の一員だ。これを持っててもおかしいことは何もない。それに……」

 和義の口付けは唇から首筋へと下りていった。
俺の鼓動が速くなる。和義はその音を楽しむように頬を寄せる。

「俺はおまえに持っててほしいんだ。
俺と克己の時間はいつだって一緒に刻まれてるんだって、そう思っていたいんだよ」

 和義は「熱いな、克己は」と呟いて、開いた胸元のボタンを止めてくれた。
俺は途中で「お預け」をくらった犬の気分で目に涙を溜めていた。

「明日の誕生日には熱を出さないでくれよ。お預けは今夜しか受け付けないからな」

 ああ、俺だけじゃない。

 和義の声が震えて聞こえた。

 優しくて甘くて低く響く声。

「メリークリスマス。そして、おめでとう、克己。やっと同い歳だな」



 和義は、銀の懐中時計にふたりの未来へと続く時間を約束してくれた。

 雪は溶けてもまた降り積もる。窓辺から望める雪景色に「時間」が重なってゆく。

 十二月にはたくさんの贈物が行き交い、中でも俺は「未来」をプレゼントされた。

 一番のほしいものはいつだって和義の隣りの席。
そのチケットは、今、手の中にあって、こうして握り締めることができる──。



 そして、俺からの十二月の贈物。

「STEP」に渡す贈物はもう俺の中で温められていた。

「KATSUMI」からの贈物を喜ばない連中じゃない。
それでもこの十二月に贈られるそれは特別なものになるだろう。

 だって贈物はふたつもあるのだから。

 タイトルも決めてあって、あとは譜面に写すだけの新曲と、もうひとつ──。

 そう。

「STEP」には「KATSUMI」の未来をあげるんだ。

 和義、いいよな?

 和義には「克己」をあげる約束をしたんだから。

                                                         おしまい


*** あとがき ***

最後までお付き合い、ありがとうございます。
「十二月の贈物」、いかがでしたでしょうか。
「感じるままに」が克己たちが高校二年の春。
これは、その続編にあたり、高校二年の冬にあたります。

両思いになったあとの話は想像していて楽しいですが、書くのはホント難しいです。

今回、克己たちは、「将来」を見据えることになります。
「今」のままではいられないことに気付きます。

克己が貰った十二月の贈物は「未来」、とっておきの「希望」でした。
「共に成長する」ことを目指す彼らは、これからお互いの夢に向かって歩き出します。
そういうスパイスがあって、ますます素敵な恋になってくれれば……と思いながら書きました。


【おまけのその後?】

「航空大学校なんてなあ、大卒の奴らが同級になるようなとこなんだから、
高卒で受かったって入ってからが大変なんだよ。せいぜい、苦労しな」
そう、千葉が言えば、
「おまえを乗せて飛ぶ時は、ホラーもんの映画を用意してやるから、楽しみにしておけよ」
和義もすかさず反撃。

『暗いの、怖いの、狭いの』が苦手な千葉悟は、
「おまえの機体なんか、いつ落ちるかわかったもんじゃねえ。恐ろしくて乗れねえや」
ますます「飛行機なんて嫌いだ〜」と再認識。
「車だって、船だってあらぁ。飛行機に乗らなくたって、どこだって行けるわい」
千葉のぼやきは虚空に漂ったのだった……なんてね。

by moro

moro*on presents



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