五月の贈物



 東の空は白み、雀が窓の側で合唱していた。

 一日の始まり。それは目覚め。

 和義は幾度か瞬きをすると、覗き込む俺から目を逸らして、「参ったな」とひとりごちた。

 それから一睡もしていない俺の瞼にキスを落とす。

 目が熱いのは寝ていないから? それとも触れた唇の余韻?

「おめでとっ」

 十七歳のお祝いは、その日俺が一番最初に口にする言葉。
ひとつ歳を重ねた和義に贈る心からのそれは、だけど、一瞬にして朝霧に消えてしまう。

 その迷いに迷って捻り出した贈物は、身を削ってのものとなった。
そのあと、俺は毎度の如く熱を出してしまったのだ。

 そして、そんな俺に和義がビタミン剤とアスピリンを、ご丁寧に水まで添えて渡してくれたのは言うまでもない。

「しょうもないことするなよなっ」

 そう、悟に呆れられても反論できない自分が哀しい。

 前日に寝溜めしたはずなのに、これでは迷惑かけただけじゃないか、と自分でも深く反省。
ついでに、これでちゃんとお祝いになったのだろうか、と一抹の不安。

 五月のあいつの誕生日に、俺は朝一番の目覚めの「おはよう」をプレゼントした。

 けど、出来具合は何とも評価しがたいものだった。

──俺ってほんと抜けてるから……。

 そしてそれは、今ではもう半年以上も前の話になる。


十二月の贈物 vol.1



 母さんの再婚は、俺に義兄貴と恋人を同時に与えてくれた。
けれど、いまだに信じられない時がある。

 和義みたいな人間が俺の側にいてくれるってことを考えてると、春の陽気で和義のネジが緩んだ,、とか。
きっと去年の十月の出雲では神様が酔っ払って、お情け交じりに赤い糸を結んでくださったんじゃないか、とか。

 接吻なんて数えきれないほど繰り返してるのに、いまだにあの顔が接近すると熱が上がってしまうし。
曲作りに没頭してる夜などにふいにうしろから抱き締められたりすると、ボキッと鉛筆の芯を折った上、楽譜に穴を空けてしまったり。

 ひどい時は、ピアノをババーンッと壊すくらいに肘で叩いて、母さんたちを「何事なのっ?」と驚かせてしまって。

 ほんと、そんなの日常茶飯事なんだ。

 和義の奇襲は俺の寿命を削り取ってる。これは絶対だ。
自信満々なんて全然似合わないこの俺が、これだけは絶対、はっきり自信を持って言えるっ。

──早死にしたら和義のせいなんだからなっ!

「冬に似合う曲がほしいな。ニューイヤーコンサートに相応しい感じのさ」
「ホワイト・スノーなんかいいよなあ」

 俺こと工藤克己は、「KATSUMI」の名で、軽音部では結構なほどに浮き捲っているバンド「STEP」に曲を提供していた。

 熱を出しやすい体質の俺にとって夜なべはきついけど、それでも止められない。
作曲は和義が教えてくれた大切な「自信」だから……。それを失くしたら俺には何も残らないんだ。

「雪かあ…。粉雪、ぼたん雪、細雪…。雪花、風花とかもあるね」

 ほんとは文芸部に所属しているけれど、しっかり幽霊部員してるし、「STEP」の千葉悟と行動を共にしていることが多いから、ハタから見みたら、軽音部員と間違われても不思議はない。

 そして悟は、というと、何かと意見する小姑のような存在で──。
「STEP」のメンバーはみんなどこかしらそんな雰囲気を持っていた。

 その悟に言わせると、「和義とのことは曲をいただくために仕方なく黙認している」とのことらしいが……。

 春に渡した『感じるままに』の完成演奏披露に呼ばれた時、俺の想いを知った悟以外のメンバーの驚きは十人十色だとしても騒然たるもので、和義と義兄弟になったことを教えた時よりもすごい騒ぎを引き起こした。

「『KATSUMI』が和義をエネルギーにして曲を書くってんなら…仕方ねえな。
『STEP』はおまえたちを認めてやる。
但し、今度また和義が原因で曲が作れないってんなら、バスケ部を敵に回してでも『STEP』は『KATSUMI』を死守するからな」

 悟から一部始終を聞いた「STEP」は、その曲が渡されるまでの俺の不審な行動に納得しながらも迫力ある目をして、そうきっぱり言い切ってくださった。

 ちなみに和義はバスケの部長で、ものすごくモテた。
ちょっと……というより大部知られた観賞に値する人材だった。

「STEP」の驚きは意外性からもきてるんだと思う。
だって「あの」和義の相手が「この」俺なんだから……。男同士ってことを引いても余りある。

 それにしても、曲の出来具合次第で態度が変わるところはさすがに「STEP」だ。
悟にしてもそうだけど、克己より「KATSUMI」の心配を優先するんだから。まったく現金なヤツラなんだから……。

「シュプールとかもいいな。スキーってまさに『冬』と『雪』だろ?」
「春スキーってのもあるけど?」

「うるさいな、揚げ足取るなよ。克己、今はミーティング中なんだぜ。真面目にやれよな」

 いつもはおちゃらけ少年の悟も、「STEP」や「KATSUMI」絡みになると一瞬にして顔が変わる。

 まあ、顔が変形するわけではないんだけれど、何しろ別人になってしまうのだ。

 新年早々に催される軽音部主催のコンサートに向けて、俺は悟たちと会合を開いていた。
題材は「冬」。それも「雪」のイメージがほしいらしい。

「でも、俺は『雪』なんて苦手だよ。雪合戦したら一発で『おやすみ』だったし、寒いとこも好きじゃないし」

「つまり、『雪』から来る印象が少ないって、克己くんはそう言いたいわけだ」
「まあ、ね」

 小学生なんて服がびちょびちょになるまで遊んでるもんなあ。
そんなことしたら俺なんかすぐさまノック・アウト。一発でダウンだ。

 なのに。

「克己ぃ、その点なら心配無用だぜ」

 さも楽しそうに悟は言った。

「自由参加のスキーツアー、おまえも参加することになってるから。
ま、安心して『雪』のイメージを膨らませておくれ」

 十二月、冬休みの突入と同時に始まる学校主催のスキーツアー。それに俺が参加?

 まさか……。

「だって俺はウエアさえ持ってないんだよ? スキーなんてやったことないし。
誰がそんなデタラメ言ったのさっ。俺、一言も聞いてないよ!」

 母子家庭だった頃はそんな余裕は全然なかった。
それに、俺の身体がこんなだったから自分がスキーするなんてこれっぽちも考えたことなかった。

 そりゃスキー場には雪は腐るほどあるのはわかる。でも、この話は目茶苦茶すぎるっ。

「誰だって最初はやったことないんだ。大丈夫だって。
それにこれはもう決定済み、旅費だって支払い済みなんだぜ。
何なら、おまえの義兄貴に訊いてみな。連れてくって言ってたのは和義なんだからさ」
「え? 和義に?」

 和義は「STEP」内にもその勢力を広めつつあるらしい。

 それにしても、和義が曲作りに協力するつもりで……? そんな馬鹿な。
第一、そんな寒い場所に俺の身体が耐えられるわけがない。

 悟は、「スキーなんて簡単簡単。親切に教えてやるからよ」などと嬉々して言うけれど、「行く」かどうかより、「行ける」かどうかなんだってこと、こいつは俺のことを全然わかってないっ!

 和義も俺の体質わかっているはずなのに、よりによってスキーツアーだなんて。
「STEP」に媚び売る和義じゃないのに。

 俺は、あいつの考えていることを読めた試しがなかった。
なのに、あいつはいつだって俺の先回りしていて、いつだって俺の気持ちを汲み取ろうとしてくれている。
俺だって和義のことを想っているのに、全然あいつは読ませてくれない。

 以前だってそうだった。

──そんなだから、俺は和義が母さんのこと好きだなんて誤解してしまったんじゃないか。

 ずるい。自分ばっかり。少しは俺に打ち明けてくれよ。

 ちゃんと説明してくれるまで、俺は梃子でもスキーツアーになんか行かないぞっ。






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