産業技術総合研究所の地質調査総合センターの依頼で登攀研修を各種行っている。今回はトラブルが発生したときの対処を練習した。実際にありそうで、かつシンプルな条件に限った。
直前に新燃岳が噴火し、参加予定の2人(火山系の地質研究者)が現地調査のため欠席。N氏と2人きりで話し合いながらの研修となった。そのため作業全体がわかる写真がなく、文章中心の解説となります。
状況設定 |
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2人パーティ。8.1mmx15mロープ1本持参。
(ロープ長は練習場所に合わせて設定した。) |
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沢を遡行して2つ目の滝を登攀中にリードが墜落してぶら下がる。 |
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意識はあるが右手を負傷して力が入らず、登攀継続も自己脱出もできない。 |

以下のようなセルフレスキューのフローを考え、太字の部分を練習した。 |
1 |
F2滝下へロワーダウン |
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下が滝つぼの場合(ロープ投げ) |
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ロープ半分以上出ている場合
(登って滝の途中から懸垂下降) |
2 |
ファーストエイド |
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携帯か無線で連絡
(または下山) |
4 |
F1上に移動 |
5 |
F1を下る |
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バックアップ付き懸垂下降 |
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カウンターラッペル |
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振分けラッペル |
6 |
川原を搬送 |
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背負い法、ドラッグ、ザック利用 |
7 |
待機態勢を取り、持ち物を回収 |
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2011年2月3日(木) |
クライミングボード(垂壁)で墜落者のロワーダウン。テラスでけが人といっしょの懸垂下降。 |
4日(金) |
公園で搬送。林道横の壁でけが人といっしょの懸垂下降。ボード・テラスで復習。 |
以下、内容ごとにまとめた。
図でOはリード(けが人)、△はビレイヤー(救助者)、●は支点
「アッセンダー」とあれば、アセンションやタイブロックはもちろん、フリクションノット(マッシャー、クレムハイスト、プルージックなど)も含む。 |
1.墜落したリード(トップ)をロワーダウン |
1−1 リードの真下が滝つぼ(崖)の場合
<ロープは半分出ていないとする> |
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リードが墜落し、そのまま下ろすと滝つぼに落ちるような場合。
まずビレイヤーのセルフビレイを確認する。 |
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リードをビレイヤーよりも低目まで下ろす。
ビレイデバイスを仮固定する。 |
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ロープの余り(または他のロープやスリングを連結するなど)を投げてリードに受け取らせる。 |
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引き寄せる。 |
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仮固定しているビレイヤーを、リード(適度にロワーダウンされている)から見たようす。
これから余りロープをこちらに投げてくる。それを受け取り、引き寄せてもらう。 |
1−2 ロープが半分以上出てから墜落した場合 |
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墜落したリードをロープ一杯ロワーダウンさせてもビレイ点まで下がらない場合、ビレイヤーはセルフビレイを外して登る。 |
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リードがビレイ点に着くまで登る。 |
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安定した支点までさらに登る。
このとき、ロープにアッセンダーでビレイを取る(ハーネスにつなぐ)が、登るのが難しい(宙吊りなど)ならもうひとつアッセンダーをセットして足がかりにする。(墜落からの自己脱出と同じ) |
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安定した支点にセルフビレイを取り、リード側のロープをその支点に仮固定(インクノット)する。
ビレイヤー側のロープ末端を外し、ビレイデバイスからも外し、上の支点から外す。 |
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懸垂下降で下りる。 |
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ビレイヤーはまずロープいっぱいロワーダウンし、さらにリードが地面(ビレイ点)に着くまで登る。
壁に登ったビレイヤーを、地面に下ろされたリードから見たところ。
ここによい支点があればいいのだが、 |
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なければロープを伝って登り、上のロープを引き抜いて下る工作をする。 |
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支点を作ったら、自分が落ちないようにセルフビレイを取り(左の黄色いスリング)、ロープを引き抜くときに落とさないよう、支点に仮止めしておく。 |
長さが足りずに下まで届かない場合は、支点を作ってそこから再度上のロープを引き抜いて懸垂下降する。
あるいはリードとすれちがうときによい支点があれば、そこでロープをかけ替えて、(リード)ロワーダウン+(ビレイヤー)懸垂下降、または以下に述べる振分け懸垂下降で2人で下る。 |
2.けが人と一緒に2人で滝(壁)を下る |
けが人の具合と滝のようすにより、単純にロワーダウンできない場合、2人で懸垂下降する。(滝がロープ長の半分以下なら)振分け懸垂とカウンターラッペルが提案されており、比べてみた。また懸垂下降で手を離しても落ちないようにする「バックアップ」も同時に練習した。 |
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まず懸垂下降のバックアップ
写真ははなはだわかりにくいが、下降器をデイジーチェーンなどでハーネスから離してセットし、制動するロープをハーネスの環付きビナに通す。下降器と環付きビナの間にフリクションノットをセットして環付きビナにつなぐと完成。
さらに環付きビナでロープを折り返してブレーキをかけることが紹介されているが、今回の状況では下降器のブレーキが効きすぎで、折り返しは不要だった。 |
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その下降器から2本ひもを出して(デイジーチェーンなら途中に下降器をつければよい)一端にけが人(右)をつなぐと振分け懸垂下降になる。
壁がロープ長の半分以上なら、ロープをフィックスして1本で懸垂することができる(ロープ残置になるが)。
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ロープ端にけが人(右)をつないで反対側の1本で懸垂下降するとカウンターラッペル。2人をつないでおかないとダメ。
これは懸垂支点でロープが流れるのでカラビナを通す。 |
ロープ長半分以下の壁を下るなら、振分けでもカウンターでもいいが、カウンターはカラビナが要るし、ロープ1本にフリクションノットをセットするのでその効き具合のコントロールが難しい。通常は振分けでよい。 |
フリクションノットについて |
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左からマッシャー(オートブロック)の1本(下)と2本(上)にかけたもの、クレムハイスト(上)とプルージック(下)、(カラビナ)バックマン、スネークノット
いずれもロープとスリングの径、ロープが1本か2本か、テンションのありなし、スリングの種類、巻き数などによって効き方が大いに違う。自分が使うロープでどれを使うかを体験しておいた方がよい。 |
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テープスリング、ロープスリング(6,5,4mm)、ロープスリングの芯抜き、ロープスリングの芯詰め(端っこだけ芯を抜いたもの)などを比べてみた。 |
最近はマッシャーがよく本にのっているが、端っこを長く出すと効かなくなるのでビナの近くでコンパクトにセットすることになる(従って30cmとかの短いスリングを準備する)。今回懸垂のバックアップに使ってみたが、ブレーキがよく効いていたのでフリクションノットを手でずらしながら下ることになり、コンパクトなマッシャーだと少しずつしかずらせなくて作業が遅かった。マッシャーの上から押さえるだけでずれるような使い方ができればいいのだが、その微妙な効き加減を出すのが難しいと思った。 |
2本まとめて懸垂する場合はクレムハイストが使いやすかった。ロープ2本に対しては5mmスリングでよく(6mmでもいいかも)、通常長(60cm)でずらし長さがたっぷり取れるのがよい。ただし固く締まるとややゆるめにくい。 |
N氏はテープでスネークノットがお気に入り。よく効き、緩めやすいが、セットに時間がかかり、ノット自体が長さを必要とするのが弱点。 |
3.搬送 |
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平地や傾斜のゆるいところを運ぶだけでもかなり大変。救助者1人だときびしいし、けが人の方が体重が重ければ長くは運べないだろう。 |
背負い法 |
ただ背負うだけだが、いわゆる「おんぶ」だとずり落ちてくる。けが人の足を救助者の脇から出し、救助者の手はけが人の膝下を通してけが人の手首を持つ。 |
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座ってセットしてからそのまま立ち上がれないので、立ち木か岩壁の近くでセットしてそれに頼りながら立ち上がる。 |
ザックで背負う |
ザックとストック(棒)またはカッパを組み合わせて背負子にすると安定するので、ただ背負うより長く歩ける。 |
ひきずる |
ごく短距離であれば、地べたに足を伸ばしたけが人の後ろから脇の下を通して前腕(片腕でよい)を両手でつかんで後ずさりする。 |
トラブル時に自力で下山する姿勢は必要だが、練習して大変なことを実感し、現実的な対策を早く立てられるようにしたい。けが人が歩けない場合は安全な場所やヘリがピックアップできる場所に移動・待機して、何らかの方法で救助を要請することになろう。 |
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極寒の日取りだったが、3月下旬並みという暖かい2日となり、気持ちよく訓練できた。 |