音楽会、当日。


 すでに空は濃いやみにつつまれ、宙天にはこぼれ落ち

そうな月が丸く輝いています。

 はじまりにはまだまだ早いのに、音楽堂のホワイエは

もう猫であふれていました。


 オレンジやピンクのリボン、ふわふわの羽毛のストール、

赤や青や透明の宝石で着飾ったメスや、夜にまけじとつや

めく黒いタイを身につけたオスのさざなみのようなおしゃべ

りが、高い天井にこだましています。


 中にいるごくわずかの子猫たちは、今夜ばかりはわんぱ

くやおてんばをおきざりにして、こもれびのようなレースや

いっぱしのタイを身につけ、大猫以上に大猫びたふるまい

をみせていました。


(このまま、永遠に時が止まればいいのに)


 ルーニャはそこで目立たぬよう顔をふせ、壁ぎわにひっ

そりと立っていました。


「おーい、ルーニャさん」


 はっとして頭をあげると、むこうからドミニクとドミニクの

おにいさんたちがやってきました。その後ろには、見知ら

ぬ異国の猫も数ひきいます。


「いやあ、いつもこのバカがおせわになっています」


 声をかけたのは、ドミニクのすぐ上の兄のサムラでした。


「だれがバカなんだよ」


 うしろで口をとがらせるドミニクを無視したまま、サムラは

ルーニャにぺこりとあたまを下げます。


「とんでもない、こちらこそドミニクさんにはおせわになりっ

ぱなしで。しかし、すばらしい音楽堂ができあがりましたね」


「ソルティムガランから、力のある職猫がたくさん手伝いに

きてくれましたから。紹介しましょう、かれらがその職猫たち

です」


 サムラがいうと、のっそりと立っていたドミニクのもうひとり

の兄・カカラド口からソルティムガランのことばが、次々とあ

ふれでました。


 それは、不思議に美しい音楽のようです。


「すごいな。あんなにしゃべれるなんて」


「どこ国の猫だろうと、相手がメスだとぜんぜんダメだけどな」


 ルーニャが感心すると、ドミニクがさも楽しそうにいいました。


 しかしカカラドのおかげで、ルーニャはこの音楽堂をつくった

遠い異国の猫たちと、目を見交わせてあくしゅをすることがで

きたのです。


「この猫たちにも、今日はバイオリンを聞いていってもらえるの

でしょう」


「いやそれが。かれらとわたしとカカラドは音楽会の最中、照

明のからくりに立会うのです」


「それは残念ですが、とてもありがたいことですね。ではサムラ

さんカカラドさん職猫さんたち、今夜はよろしくお願いいたしま

す。ドミニクは、あとで楽屋で。ぼくはミトラを席に案内してから

いくよ。シニファンはギリギリにつくそうだ」


「わかった。じゃあな」


 ルーニャはあらためてソルティムガランの職猫たちに頭をさ

げ、にぎわうホワイエをあとにしました。